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南部坂雪の別れ~討ち入り前日

Photo  古墳があり、また江戸時代、元禄の頃は赤穂事件の浅野匠頭の未亡人・瑤泉院の幽居先だったとされる場所を先月末から掘っている。と、ここまで聞いて都内の何処かをすぐに言い当てられる人は東京ガイド検定(という資格があるらしい)1級でも持っている人だろう。

 忠臣蔵にゆかりの地とは季節的にもタイムリーだと思い、それなりに面白みを感じて仕事しているが、なにしろ人手不足と工期が短いのとで四苦八苦していた。週末も何やかんやと仕事になって、おかげで久しぶりに腰痛、頚椎症に悩まされている。現場はここにきてようやく軌道に乗ってきた感じだ。

 瑤泉院というと歌舞伎の演目では真山青果の「南部坂・雪の別れ」を思い出す。元は浪曲からきた話。これはあだ討ち前夜、瑤泉院の元にその決行の意を伝えに行く大石内蔵助が、しかし、邸内に吉良方の間者がいることに気付き、真意を言い出せずままに彼女に叱責されるという話。旅日記と渡されたものが実は四十七士の血判状であることを知って、後に瑤泉院は自らの思慮のなさを悔やむこととなる。

 少し余裕が出来てきたせいか、この五日が一周忌だった故十八代目勘三郎の内蔵助を見たいと思い、昔、NHK大河でやっていた「元禄繚乱」をレンタルしようと考えた。が、調べるとこのドラマ、VHSでは総集編が全四巻で商品化されていたものの、DVD化はされておらず、今、見ることができない。ちなみにこの時の瑤泉院は宮沢りえ。また将軍綱吉をショーケンが怪演していた。見れないとなって結局、このドラマの原作、船橋聖一の「新・忠臣蔵」を読み始めてしまったが、なにせ全八巻もある。この分では年末年始はずっと忠臣蔵になってしまいそうだ。

 忠臣蔵には密かに縁があって、6年前、初めて新橋で大きな仕事をまかされた時の現場事務所は、事件後、浅野匠頭の身柄お預かりの場、切腹の場となった田村右京太夫邸の跡だった。目の前は事件に材を得た「切腹最中」で有名な和菓子屋があった。私が生前の母と電話で最後に交わした会話も実はこの最中についてだった。

 http://penguin-pete.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_5f84.html

 「南部坂 雪の別れ」は討ち入りの前日ということだから12月13日ということになる。つまり今日。雪は降っていないがここ数日グッと冷え込んできて、毎朝、早起きなのが辛い。都心通いの数年前までは当たり前の生活だったが、あれは長い時間をかけて培われたもので、今回のような短期決戦だと身体が慣れる前に終わってしまいそうだ。身体をどう気遣って良いか分からず、アルコールは止めて青汁なんぞを飲み始めた。

 工期は年内。明日、討ち入りの日も仕事。バイトの皆さん来て下さいね。合言葉は「山」「川」で。

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