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栗生楽泉園・重監房資料館、30日に開館

 昨日の朝日新聞の夕刊にぼくの写真が出ていると何人かの方から連絡を頂いた。ありがとう。

 去年の夏、発掘調査した群馬県栗生楽泉園・重監房の資料館が完成し、この30日に開館するとの記事に調査風景の写真が使われたよう。

 http://www.asahi.com/articles/DA3S11109461.html

 なんだか怒られているような写真だが、これは古い写真から重監房の扉の大きさを復元しようとしている所。

 ぼくは5月末、会社の皆と行く予定です。

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馬喰(ばくろう)~秘される馬 

9784309022420 ばくろう。馬喰、伯楽、博労・・・あてる漢字は幾つかあるが、意味は馬を売買・斡旋する人、馬の良し悪しを鑑定する人、馬の病を治す人、とある。

 著者は映画「祭りの馬」の松林要樹監督。

 まず寡黙な印象だった映画の裏側にこれだけの思索と取材があったのかと知って驚いた。初め映画の製作ノートやメモを本の形にしたものと思って読み始めたが、今は逆に映画の方がこれを書き上げる過程で生まれた副産物だったのでは?と、うがった考えが芽生える程の労作だ。

 映画に描かれたあのミラーズ・クエストをはじめとする被爆した馬達との出会いを端緒として、相馬野馬追いの舞台裏から福岡の馬肉畜産加工の現場へ、そして原発誘致以前の福島に出会うべく移民を訪ねブラジルへ、と、放射能被害の現状を馬の在り方を通して見るという最初の目的を越え、筆者の目は歴史の中での人と馬との関わり、国と馬との関わりへと移って行き、最後に昭和21年、ビルマで起きた大量の馬の死へと辿り着く。

 何故、馬の死はいつも機密とされるのか。農耕馬、競走馬、軍馬・・・人と馬との関わり、国と馬との関わり。2008年時(前作「花と兵隊」の時)の取材が役に立ってしまった・・・と言う締めくくりの言葉がこの不穏な時代を表しているようだった。

 個人的には、事故後、相馬野馬追いの周辺・共同体内部で起きた葛藤とその様子が原発誘致時にもあったであろうそれを連想させ、原発問題の核心にとどいているように読めた。福島出身の者として耳が痛かった。

 最後にあとがきでの筆者の言葉を引用させてもらう。

 「この本にまつわる全ての作業を終えた日は、奇しくも特定秘密保護法案が衆議院本会議で採決された日と重なった。この取材が成立したのは、いかようにも秘密の範囲を拡張できる特定秘密保護法案が可決される前だったから、と言えるかもしれない。警戒区域内に取り残された馬たちは、無かったことにされてしまったのかもしれないのだから。」(P228)より抜粋。

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アースデイとニール・ヤングの「Mother Earth (Natural Anthem)」

 今日はアースデイ。

 http://www.earthday-tokyo.org/2014/

 日本でこのアースデイが始められたのは1990年と言うから今からもう24年前の事になる。しかし、この24年は例えば「地球にやさしく」なる言葉が企業のイメージアップのためのキャッチコピーに堕していくのを眺めていた年月という気もして“マイ箸”とか“エコバッグ”とかいう言葉を初めて聞いた時にはまだ微かに漂っていた希望へのほのかな香りのようなものをぼくはもう思い出すことができない。企業や行政も巻き込んで、というのが初めの謳い文句の一つだったと思うが、巻き込んだのか、取り込まれたのか。

↑はニール・ヤングの「Mother Earth (Natural Anthem)」。原曲はカーラ・ボノフでも有名なスコットランド民謡の「Water is wide」。先日、朝ドラで主人公の女の子がこの曲を歌うことで窮地を脱する場面を見たが、この離れた恋人への切ない思いを込めた歌のメロディーを借りて、ニールは傷つき病んだ母なる大地へ捧げる賛歌を歌った。

 この曲が収められたアルバム「傷だらけの栄光(Ragged Glory)」が発表されたのも1990年。詩の内容もさることながら、ニールの個性的な声に重なるクレイジーホースの美しいコーラス、それにディストーションがかかって歪んだギターが絡み付き、演奏自体が原発事故とその後の現状を表しているよう。24年たった今もこちらはさらに切実さを増して響く。

 ハッピー・アースデイ。

    

    マザーアース(自然の賛歌)

    母なる大地よ
    緑なす草原よ
    またしても飢えた者たちの手で
    ほしいままに荒らされながら
    あなたはまだこの欲のみが支配する世界に
    与え続けようと言うのですか
    その恵みを その糧を
    あとどれだけ続けられようと言うのです
    その恵みを その糧を
    あとどれだけ続けられようと言うのです

    夏の空に輝く
    炎の玉
    その大いなる癒しの光の下で
    パレードのように過ぎてきた日々
    それらの日々も
    あざむかれ続けてきたのだ
    権力を手から手へ
    順番に受け継いできた者たちによって
    権力を手から手へ
    順番に受け継いできた者たちによって

    ああ 自由の土地よ
    このままでほおっておいてよいのだろうか
    通りが人のあふれかえるそのままで
    母なる大地
    マザーアースを讃えよう
    その惜しみなく与え続ける術を学ぼう
    さもなければぼくらはぼくらの子供たちの未来を
    もうじき売りに出すことになるはず
    ぼくらはぼくらの子供たちの未来を
    もうじき売りに出すことになるはず

    母なる大地 マザーアースを讃えよう
    その惜しみなく与え続ける術を学ぶのだ
    さもなければぼくらはぼくらの子供たちの未来の日々を
    もうじき売りに出すはめになるのだから

                           (訳 室矢 憲治)

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久保の桜

 先週から旅に出ていた。行き先は兄と弟が住む山形県長井市。普段は車で行くところを今回は電車で行ったのでいつもよりやや「旅」という単語がふさわしい気がする。

 時間がもったいないから新幹線で来れば・・・と弟に言われたが、日々のあくせくした感じから多少なりとも開放されたいという気持ちからのことなので、あえて各駅停車でのんびり行った。東北線から東北本線。そしてフラワー長井線。途中、土地土地の学生や農家のおばちゃん等が乗り込んできて方言でお喋りするのを聞いていたりするのがとても良かった。

 東京では桜は葉桜になりかけてそろそろ終わりという時期に出発したが、電車で北上するに従って桜が若くなっていくのが分かった。郡山辺りがその時は一番見時だったか。福島は咲いたばかりと言う感じで山形はまだ咲いていなかった。

 長井では毎日、弟が働く農場の仕事を手伝ったり、兄の経営する店で宴会のセッティングや居酒屋の仕事をさせてもらった。観光という行為にあまり興味のない自分はいつも出掛けるとなるとこういう形になる。土地土地の見知らぬ人たちと僅かな時間でも一緒に働いて、平素の様子を垣間見れたりする方が嬉しい。学生の頃、長野県の南佐久郡川上村で援農していた時もそう。去年、群馬の草津で仕事していた時もそう。今回は兄弟それぞれの仕事の助っ人とは言え、その時の事を思い出さずにいられなかった。

 先週の半ばに長井に着いて、それから結構、真剣に働いていた。(両腕・脚、共に筋肉痛)。で、昨日初めて時間ができたので自転車を借りて市内を見て回ったが、やはり桜はまだ咲いていない。一緒に働いていた人たちの話だと20日過ぎでは・・・との事だったが、皆、待ち遠しそうで、冬の間、雪に閉ざされるこの土地の人たちが桜が咲くのを待つ気持ちは東京の自分とは相当に違うものがあるだろう、と思った。

 Photo

 避難者支援住宅から出て弟家族が移り住んだ場所は「伊佐沢」という地区で、聞いたところによると同じ長井市の中でも少し他とは違った文化圏に属する場所のようだ。そして、この伊佐沢には国の指定史跡になっている樹齢千二百年と言われる「久保の桜」がある。

 http://www.watarigraphic.com/sakura/kubo.php

丁度、昨日の夕方、弟の家の居間でテレビのニュースを見ていたら、地方自治60周年記念の切手のデザインにこの桜が選ばれたというのをやっていた。実は去年くらいから老木すぎて花があまり咲かないらしいが。今年はどうだろうか。

 今日、東京に帰ってきたが、弟夫婦はもっと見せたい場所や食べさせたいもの、また会わせたい人がいるようだったが何か特別な事がなくてもぼくは十分に堪能した気持ち。家で毎度出してくれるご飯と兄の店でのまかないのご飯等、どれもがいちいち美味しくて別に評判のお店になど行かなくても良かった。玄関先に生みたての卵が届けられたりする風景、伊佐沢の果樹畑の中の夕暮れの匂い等、懐かしくて涙腺が緩んだ。唯一、心残りなのは温泉に入らなかったことくらいか。まあ、次回の楽しみと言う事にしておく。

 どれもこれもが良い時間、良い経験だった。みなさん、ありがとうございました。

↑はネットで拾った久保の桜の写真。来年はもし許されれば時期を合わせて行って是非見てみたい。

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四月の風

 東京は今が桜の見時だが夜桜見物をするには肌寒い。一升瓶を持って外に出掛けようとしたが止めて、結局、野球を見ながら部屋でビールを飲んでいる。

 現場に熱狂的なエレカシファンの女性がいて、去年末、娘さんのピアノの発表会か何かで赤羽の何処かに行ったら偶然メンバー全員がテレビの収録で来ていて、宮本浩次本人に会った、と言っていた。「感激した?」と聞いたら意外にも「この人とは実はアカの他人だったんだ、と気づいて落ち込んだ。寝込んだ。」と言っていた。その気持ち、分かる。

 「エレカシの歌、何か知ってます?」と聞かれたので「武蔵野」と答えると何故か喜んでくれ、「生命賛歌」という歌が埼玉古墳を見て書かれた歌だと言うことを教えてくれた。CDを何枚か貸してくれて、現場最終日に自分で編集したCDを焼いてくれた。それをここのところ車で聞いている。

 週末に会社で花見が計画されているがそれまでに花が散ってしまわないかと心配中。今日も少し風が強い。今、エレカシのナンバーで同じ質問をされたら「大地のシンフォニー」http://www.youtube.com/watch?v=zwfQN-Ni6zU

と答えたいが、今日は「四月の風」。“ああ、明日も頑張ろう。愛する人に捧げよう。”

 みんな、頑張ろうな。

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