馬喰(ばくろう)~秘される馬
ばくろう。馬喰、伯楽、博労・・・あてる漢字は幾つかあるが、意味は馬を売買・斡旋する人、馬の良し悪しを鑑定する人、馬の病を治す人、とある。
著者は映画「祭りの馬」の松林要樹監督。
まず寡黙な印象だった映画の裏側にこれだけの思索と取材があったのかと知って驚いた。初め映画の製作ノートやメモを本の形にしたものと思って読み始めたが、今は逆に映画の方がこれを書き上げる過程で生まれた副産物だったのでは?と、うがった考えが芽生える程の労作だ。
映画に描かれたあのミラーズ・クエストをはじめとする被爆した馬達との出会いを端緒として、相馬野馬追いの舞台裏から福岡の馬肉畜産加工の現場へ、そして原発誘致以前の福島に出会うべく移民を訪ねブラジルへ、と、放射能被害の現状を馬の在り方を通して見るという最初の目的を越え、筆者の目は歴史の中での人と馬との関わり、国と馬との関わりへと移って行き、最後に昭和21年、ビルマで起きた大量の馬の死へと辿り着く。
何故、馬の死はいつも機密とされるのか。農耕馬、競走馬、軍馬・・・人と馬との関わり、国と馬との関わり。2008年時(前作「花と兵隊」の時)の取材が役に立ってしまった・・・と言う締めくくりの言葉がこの不穏な時代を表しているようだった。
個人的には、事故後、相馬野馬追いの周辺・共同体内部で起きた葛藤とその様子が原発誘致時にもあったであろうそれを連想させ、原発問題の核心にとどいているように読めた。福島出身の者として耳が痛かった。
最後にあとがきでの筆者の言葉を引用させてもらう。
「この本にまつわる全ての作業を終えた日は、奇しくも特定秘密保護法案が衆議院本会議で採決された日と重なった。この取材が成立したのは、いかようにも秘密の範囲を拡張できる特定秘密保護法案が可決される前だったから、と言えるかもしれない。警戒区域内に取り残された馬たちは、無かったことにされてしまったのかもしれないのだから。」(P228)より抜粋。
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