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名札

 

     日々の
     Detailの変化が重なって
     いつの間にか見知らぬ世界にいる
     古い名前で呼んだとき応えてくれた女(ひと)を
           新しい名前で呼んだら無視された
     昔 読んだミステリーを再読したら
     結末が違っていて
     いつも歩いている角を曲がった空き地に
     先日まで何があったのか
     思い出せない

     父が消え、母が消え、家が消えた
     友が消え、鳥が消え、猫が消えた

     頼んだ覚えのないAmazonの小包が届く
     誰かがペットボトルを踏み潰す音が聞こえる
     電池切れの筈の時計が音声で時を告げ
     台風予報の空は青空
     解熱剤を貰いに病院に行ったら喉痛の薬をくれて
     オレンジジュースで飲んだら
     治った

     パスタを頼んだら
     オムライスが出てきた

     質問に質問で答える日々
     カレーの匂いを残し夕暮れは過ぎる
     昨日はすでに懐かしく
     チェス盤の上でポーンは進む
     すぐに忘れる女
     メモ魔の男
     ねえ 髪を切ったら見知らぬ人みたい
     ほくろを取ったら遠近感が狂うみたい
     あの猫が死んだら
     違う
     家に
     いるみたい

     深夜 バスの降車ボタンを押したら
     警備員が駆けつけてくるのじゃないかと不安になり
     住む町を通り過ぎた
     
     無人の町
     千円札の肖像が死んだ歌舞伎役者の顔になっていて
     壁の絵はモネからクレーへ
     パン屋は土建屋に
     花屋がコンビニになって
     気がつくと
     違う名前で呼ばれている   
     
     Who am I ?

     誰もが小さな機械を撫でている

     音漏れのイヤホンから
     ゴールデンスランバーが聞こえる

     誰か
     この名札を外して下さい

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29度目の歌舞伎~鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)

Cai_0374  十月の歌舞伎座は第十七世中村勘三郎の二十七回忌、第十八世中村勘三郎の三回忌追善公演。

 先週の日曜日、中村屋最古参二代目小山三のドキュメンタリー番組を見ていたら無性に中村屋が見たくなり、矢も立てもたまらず今日行ってきた。見たのは夜の部三幕「鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)」。猿源氏に勘九郎、蛍火に七之助。病み上がりなのでどうかと思ったが今日を逃すと明日は楽日。しかも土曜日とあっては混雑は必至と考え、今日、幕見ですべり込んだ。僕から後の番号からが立ち見だった。ラッキー。

 三島歌舞伎の代表作「鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)」は初演は第十七世中村勘三郎と六世中村歌右衛門。最近だと十八代目勘三郎と玉三郎のコンビが人気だったが、実は僕が本当に見たかったのはそれ。歌舞伎座さよなら公演の時見れなくて、まあ、いいや。またいつかやるだろう、とたかをくくっていたら勘三郎の急逝で見ることが叶わなくなった。

 当代勘九郎は勘太郎時代に何度も見た。いい役者だが生真面目で固い、という印象を持っていたので、今日は最初、この大らかな喜劇で笑えなかったらどうしよう・・と勝手に不安を抱いていたがそれは杞憂に終わった。最初、花道から姿を現した一瞬だけが勘太郎で、その後すぐ彼は勘九郎になり、そして演じるにつれて段々と勘三郎の亡霊をみているようになった。嬉しいやら気味悪いやらで(ごめん、これはほめ言葉です。)つまり、抱腹絶倒だった。特に軍物語の場面は爆笑。凄い身体能力だな、勘九郎は。女形としての七之助は玉三郎型なので、結局、僕は今日、やっと見たかったものを見たのだろう。歌舞伎の、芸の継承というのはつまりこういう事なんだよな。拍手。

 「鰯売~」を見るのは今日が初めてだったので、どの時の、誰の芝居とも比べることは出来ない。が、この勘九郎、七之助の「鰯売~」は相当に良いのではないかな。二人ともこれが初演。また見たいし、きっと見れる。散々笑って、汗をかいたら熱が抜けて、帰りは夜風が気持ちよかった。風邪が治ったよ。ありがとう、中村屋。

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ディック・フランシスの競馬シリーズ~秋のミステリー 

Photo_2  競馬を覚えて良かったと思うことの一つにディック・フランシスの競馬シリーズがある。

 高校から大学にかけての一頃、意味もなくロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズが流行った事があった。それで良く書店のハヤカワ・ミステリー文庫の書棚に向かったが、その時、無愛想に何やら漢字二文字を表題にした作品がずらりと並んでいるのが嫌でも目に付いた。

 帯を見ると“競馬ミステリー”とあったので、これは競馬に詳しくない人間には楽しむことのできない特殊な読み物なのだろうと、なんとなく最初から度外視してしまった。以来、長らくディック・フランシスの小説は自分にとって全く無縁なものとしてあり続け、僕は当時の多くの人達と同じようにスペンサーシリーズを読み、それ以外のロバート・B・パーカーの作品を幾つか読み、そして、飽きた。

 ディック・フランシスの小説を手に取ったのはある競馬雑誌で彼の経歴を見て興味が沸いたからだ。自身が元騎手であり、戦時中はイギリス空軍の戦闘機や爆撃機のパイロットだったということ。そしてその後、書き始めた小説は43作のどれもが外れなしの質の高いものだという事。
 
 そうか、あの“漢字二文字”の小説群を書いていた人はそんな人だったのか。保険会社のオプで考古学者で元SASSの教官でもあるという、まるで漫画「マスター・キートン」みたいな人だな、と僕は思った。一流の騎手が引退後、小説を書いたらそれがどれも傑作だなんて、武豊が引退後、小説を書いたら東野圭吾だった・・・みたいなことだろうか。ありえない。最初に手にとったのは「興奮」。その後は発表順に読んでいたが中々思うような順で古書店で見つけられず、ついには順不同でも読むものに迷うときは必ずディック・フランシスの小説を手に取るようになった。
 
 このシリーズは例えばチャンドラーのフィリップ・マウロウやロバート・B・パーカーのスペンサーのような特定の登場人物というのがいない(例外は「大穴」「利腕」「再起」のシド・ハーレーと「侵入」「連闘」のキット・フィールディング)。主人公の職業もワイン商、宝石所、画家、ガラス職人、映画監督、俳優、ビール工場の経営者、銀行家等々その都度様々で、それぞれの世界への取材も確かでどれも読ませる。競馬は背景としてあって、どの物語にも関係しているが競馬を知らない人でも楽しむになんら問題はない。
 
 
 だが、僕は“まだ23作ある”と徒労感を覚えるというより“まだ23作も読める”という喜びの方が大きい。確かに読んだことのない面白い小説がこの世にまだ23作ある、というのを知っているということは素晴らしいことじゃないか。
 
 何が一番か?という話に良くなると思うのだが、全部を読んでいないのでまだ分からない。よく言われるように初期の作品群はどれも間違いなし、と言った感じだが、それ以外で言えば僕は意外なところで「骨折」を挙げたい。これはろくでもない親の元に生まれた青年の成長譚だがテーマはロバート・B・パーカーの「初秋」と同じ。ラストでホロりとさせられる。それと「奪回」。ヨーロッパで最高の女性騎手が誘拐され、その誘拐犯と誘拐対策会社(そんなものがあるのか)の派遣スタッフとの白熱の頭脳戦。読んでいて夜、寝れなくなった。
 
最近、馬券は買ったり買わなかったりだが、見るだけなら毎週見ている。買ったとき外れて、買わないと当たるというのはいつものことだが、出走前のわくわくした気持ちとレース後の例の虚脱感。競馬はミステリー小説を読むのに似ていると思う。
 
 競馬場を去る時、僕は作家ディック・フランシスが元騎手だったということが意外なことではないといつも思う。彼は初めから一貫してミステリーの作り手だったのだ、と思えば。
 
 秋は競馬の季節。そしてミステリーを読む季節だ。
 
 
      第四コーナーから最後の直線で
      ついに明らかになるミステリーの結末に
      群集は叫び、驚愕し
      やがて誰もが
      巨大な寂寥に散乱する
      一個の漂流物になる

                                  (To Vodka)

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映画「初恋がきた道」~鎹(かすがい)接ぎ 

Photo_3_4  もう何年も前のことだけど、「世界一受けたい授業」とかいう番組でオノ・ヨーコが「平和を学ぶ授業」と称して割れた茶碗やカップの破片をつなぎあわせるというワークショップをやっているのを見た。

 見ていてぼくは笑ってしまったっけ。何故なら発掘を生業とするぼくたちは日常的にそのような事をいつもしているから。

 だが、だとすると、僕らは日々、平和を学んでいるということになるのだろうか?

 引き続き江戸遺跡を掘っているが、大量の陶磁器の破片が出土する。その破片を洗って、接合して、実測図を作って・・・・という作業が後に続くのだが、その破片自体を良く見ると、すでに接いだ跡があるものがたまにある。

それは江戸時代の人々が割れた陶磁器を接いで再利用していた跡だ。当時はそれを専門に行う商売まであって、そうする事は江戸の庶民には普通の事だった。平和、というべきかどうかは分からないが、確かに割れた茶碗を直して使う社会は何もかもを(時には人や自然までも)、使い捨てにする社会に比べ質素でいごこちのいい社会のような気がする。

 この割れた陶磁器を接いで使うシーンを象徴的に使った映画として思い出すのはチャン・イーモウ監督の「初恋のきた道」(中国 1999)。

 ストーリーは説明しないでおくが、中に割れた碗を修理する場面がある。これは鎹(かすがい)接ぎという手法。↓

 http://youtu.be/S85jrSDZYcI

 主演は本作がデヴューのチャン・ツィー。当時の彼女の可愛さだけを手元に置きたくてDVDを買って持っているという人を知っているが、分かる。

 西洋の陶磁器の修理の場合、それは復元という作業であり傷やひびを隠すようになされる場合が多いのに比べ、日本の修復は割れた跡にも美を認め、そのままに修理するというのが通例だ。茶器その他の名品には接いだ跡があからさまな物も多い。かの中国にも。

 一度、壊れ、その接ぎ直した跡までもを美しいと感じる感性はもう遥か昔の事なのだろうか?人も国も。

 Peace (Piece). 

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君が旅から戻ってくると

Photo_3  明日は息子の二十歳の誕生日。病院から連れ帰って、座布団を敷布団に、バスタオルを掛け布団にして寝ている「未知の生物」を目の前にして途方にくれていた日々はつい昨日のことのようなのに、今はなんだか狐につままれたような気持ち。

 僕が親になって数年して、友部さんのこのアルバムが出た。このアルバムには息子が成長した時に親が感じる気持ちを歌ったと思われる歌が何曲か入っている。「愛はぼくのとっておきの色」、「君が旅から戻ってくると」、「小さな町で」あたりだと思うが、良く聞いていた頃は「へえ、こんな気分になるものか・・」と、ずっつずっと先の事のように思っていたが、時が過ぎるのはあっと言う間だった。自分にとって今がこれらの歌の「そのとき時」なのだ。今が。

 で、「君が旅から戻ってくると」的な思い出話を一つ。(どういう歌なのかは何処かで是非、聴いてください)。

 それは息子が小学生だった頃、一緒に野球を見に行った東京ドームでの事。一塁側の内野席と外野席の中間辺りの席にいたのだが、6回表頃、トイレに行くと言って席を立った息子がいつまでも戻って来ない。初めは冷たいものを飲みすぎてお腹でも痛くしたのかな、程度に思っていたがなかなか帰ってこず、時の経過とともに迷子になったのが明らかになった。

 その時、僕が考えたのは今すぐ探索に席を立つ事。だが、万が一戻ってきた時に僕がいなかったらかえって息子は混乱するのではないだろうか?と思い直した。気は急くがやはり席を立てず、それでしたことはこの大群衆のスタンドの中を肉眼で息子を探し出す事だった。

 視力は当時2.0×2.0だだったし、昔、訪ねたネイティブ・アメリカンの居留区でナバホ族の知人が遥か彼方で羊が怪我しているのを肉眼で見つけるのを目の前で見ていた経験があり、不可能ではないような気がした。

 東京ドームというと巨人戦だったと思われるが、それは日ハム戦。当時、大ファンだった息子は日ハムのキャップを被っていた。帽子を被っている子供。それで席から近くの一塁側スタンド席からバックネット裏、三塁側スタンドから外野席まで、じっと目を凝らしたが、キャップを被った子供などそれこそ数え切れない程いた。

 その頃は新庄がスター選手で、球場は満員で、日ハムファンの子供がたくさんいた時代だった。その中で息子を探すのは至難の業だったが、20分程だろうか、試合の動向も関係なくひたすら客席を見つめ続け・・・諦めかけ、アナウンスでもして貰おうか・・と思ったその時・・・・見つけた。

 息子はとても悲しそうな顔をして、どういうわけでそんなところまで行ってしまったのかは知れないが、バックネットに近い一塁側スタンドをウロウロとしていた。大げさではなく、自分をあんなに必死に求めている人間をぼくはあの時初めて見た。それでぼくは息子を凝視し、視線を外さないようにし、視界を遮るような空間を歩くときはどうか見失わないようにと祈り、また見つけ、それで歩いて行き、そっと集中して歩き、客席をぬって歩き・・・息子をついにキャッチしたのだった。

 昔も今も、全く褒められた親ではないが、あの時が動物的に(動物的に!)最も自分が親らしかった時だった、と今でも思い出す。悲しげにあわあわしていた息子の姿は映像として脳内焼きついてしまっている程で、今も時々、フラッシュバックする。

 「未知なる生き物」を前にして一旦手放したものが、この頃はまた戻って来た感じ。それは手に負えない程の自由のようなもの。何かの振り出しに戻ったような気分。先日、留学先のタイから息子が帰ってきた時、とても奇妙な気持ちになった。迷子になった息子が僕が見つけなくとも自力で帰ってきたように思ったのだ、大人になって。

 あれ、あの日ハムのキャップ、何処に置いて来たのだろう、と。

 http://youtu.be/QPUIcZzurec

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