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ディック・フランシスの競馬シリーズ~秋のミステリー 

Photo_2  競馬を覚えて良かったと思うことの一つにディック・フランシスの競馬シリーズがある。

 高校から大学にかけての一頃、意味もなくロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズが流行った事があった。それで良く書店のハヤカワ・ミステリー文庫の書棚に向かったが、その時、無愛想に何やら漢字二文字を表題にした作品がずらりと並んでいるのが嫌でも目に付いた。

 帯を見ると“競馬ミステリー”とあったので、これは競馬に詳しくない人間には楽しむことのできない特殊な読み物なのだろうと、なんとなく最初から度外視してしまった。以来、長らくディック・フランシスの小説は自分にとって全く無縁なものとしてあり続け、僕は当時の多くの人達と同じようにスペンサーシリーズを読み、それ以外のロバート・B・パーカーの作品を幾つか読み、そして、飽きた。

 ディック・フランシスの小説を手に取ったのはある競馬雑誌で彼の経歴を見て興味が沸いたからだ。自身が元騎手であり、戦時中はイギリス空軍の戦闘機や爆撃機のパイロットだったということ。そしてその後、書き始めた小説は43作のどれもが外れなしの質の高いものだという事。
 
 そうか、あの“漢字二文字”の小説群を書いていた人はそんな人だったのか。保険会社のオプで考古学者で元SASSの教官でもあるという、まるで漫画「マスター・キートン」みたいな人だな、と僕は思った。一流の騎手が引退後、小説を書いたらそれがどれも傑作だなんて、武豊が引退後、小説を書いたら東野圭吾だった・・・みたいなことだろうか。ありえない。最初に手にとったのは「興奮」。その後は発表順に読んでいたが中々思うような順で古書店で見つけられず、ついには順不同でも読むものに迷うときは必ずディック・フランシスの小説を手に取るようになった。
 
 このシリーズは例えばチャンドラーのフィリップ・マウロウやロバート・B・パーカーのスペンサーのような特定の登場人物というのがいない(例外は「大穴」「利腕」「再起」のシド・ハーレーと「侵入」「連闘」のキット・フィールディング)。主人公の職業もワイン商、宝石所、画家、ガラス職人、映画監督、俳優、ビール工場の経営者、銀行家等々その都度様々で、それぞれの世界への取材も確かでどれも読ませる。競馬は背景としてあって、どの物語にも関係しているが競馬を知らない人でも楽しむになんら問題はない。
 
 
 だが、僕は“まだ23作ある”と徒労感を覚えるというより“まだ23作も読める”という喜びの方が大きい。確かに読んだことのない面白い小説がこの世にまだ23作ある、というのを知っているということは素晴らしいことじゃないか。
 
 何が一番か?という話に良くなると思うのだが、全部を読んでいないのでまだ分からない。よく言われるように初期の作品群はどれも間違いなし、と言った感じだが、それ以外で言えば僕は意外なところで「骨折」を挙げたい。これはろくでもない親の元に生まれた青年の成長譚だがテーマはロバート・B・パーカーの「初秋」と同じ。ラストでホロりとさせられる。それと「奪回」。ヨーロッパで最高の女性騎手が誘拐され、その誘拐犯と誘拐対策会社(そんなものがあるのか)の派遣スタッフとの白熱の頭脳戦。読んでいて夜、寝れなくなった。
 
最近、馬券は買ったり買わなかったりだが、見るだけなら毎週見ている。買ったとき外れて、買わないと当たるというのはいつものことだが、出走前のわくわくした気持ちとレース後の例の虚脱感。競馬はミステリー小説を読むのに似ていると思う。
 
 競馬場を去る時、僕は作家ディック・フランシスが元騎手だったということが意外なことではないといつも思う。彼は初めから一貫してミステリーの作り手だったのだ、と思えば。
 
 秋は競馬の季節。そしてミステリーを読む季節だ。
 
 
      第四コーナーから最後の直線で
      ついに明らかになるミステリーの結末に
      群集は叫び、驚愕し
      やがて誰もが
      巨大な寂寥に散乱する
      一個の漂流物になる

                                  (To Vodka)

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