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宇多田ヒカルの「花束を君に」

 毎朝見ているNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」。宇多田ヒカルが歌うその主題歌が彼女の母・故藤圭子へのレクイエムだと最近気づいた。(世間の人には自明のことなのだろうか?だとしたら不覚)。テレビではワンコーラスしかやらないが通して聞くとその伝わり方が凄い。

 http://pvfull.com/utadahikaru/to-you-a-bouquet-of-flowers

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 宇多田ママの、そのデヴューに至るまでの壮絶な生い立ちとか全盛期の頃の様子とかは知らない。ただ子供の頃、家にアニソンのオムニバスアルバムがあり 「明日のジョー」や「巨人の星」等の歌に混ざって「さすらいの太陽」なるアニメの歌も収められており、その主人公は藤圭子をモデルとしていた。(それも後 年知ったのだが)。とにかくここではそのようなアニメが作られるほどママは空前絶後な人だったとだけ覚えておきたい。

 そして特定の故人に向けられて書かれた歌にせよ、それが普遍的な鎮魂歌になっているところは娘もさすが。加えてこの歌をさりげなく毎朝流しているNHK にも拍手。ここ数年起きたことを思えば、一見、日常にすっかり溶け込んでいる風のこのメメントモリな朝を自分は嫌いではない。

 「花束を君に」の「君」はかつての日本・・・・というよう風に自分は聴いた。それは貧しさの中を誰もが生きていた父母の日本。そして稀代の天才ポップ・クリエイターの中にその風景がしっかりと受け継がれていることを確認できて、毎朝密かな喜びを覚える。

 ・・・・と、昨日この小文を書いたが、今日は祖母の命日。合掌。

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The poet speaks ギンズバーグへのオマージュ フィリップ・グラス×パティ・スミスを見た。

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 フィリップ・グラス×パティ・スミスによるギンズバーグへのオマージュ(訳 村上春樹、柴田元幸)。「お経のよう」というのはネガティヴな意味で使われることが多い言葉だが、昨日のパティのリ―ディングはポジティブな意味で経のようだと思った。「ウィチタ渦巻きスートラ」「ひまわりのスートラ」。ギンズバーグの詩には「~スートラ」という題のものが幾つかあるが、スートラとは経典という意味。パティはカウンターカルチャーの渦中からこの時代の悪霊を鎮めるために使わされた魔女、いや高僧のように見えた。

 リーディングの合間にレニー・ケイのギターと娘ジェシー・スミスのピアノで数曲が歌われたが、昨日はモハメド・アリの訃報が伝えられたこともあり、彼に一曲(確かアルバム「Gone Again」の中の「Wing」)が捧げられていた。「彼は世界中の人々にインスピレーションを与える美しい男だった」とパティ・スミスは言った。

 そして最後にアコースティックな「People have the power」。小石を投げた水の波紋が最後に大きな波のうねりになるような演奏と会場。終わっても、雷に打たれたような、嬉しい困惑の中に置き去りにされたような気持ちだった。そして一夜明けてもその困惑はまだ続いている

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