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アジアの片隅で

 異様な曲。12分46秒。岡本おさみ&吉田拓郎には70年代に綺羅星のような名曲群があるが、それとは一線を画する。発表はバブル前夜の1980年。藤原新也が『東京漂流』で"東京最後の野犬有明フェリータ"の死を告げる3年前のこと。故岡本おさみは目前に迫っているこうした得体のしれない時代と抗う歌を拓郎にもっと歌わせたかったようだが、この頃、新譜ジャーナル誌上での論争が引き金となって二人は絶縁する。

 岡本おさみが亡くなった時、自分は『世川行介放浪日記』なるブログの“岡本おさみ雑感”というカテゴリーの文章を全部読んで、アルバム『シャングリラ』収録の『いつか夜の雨が』が岡本&拓郎コンビの最後の歌・・という意見に大いにうなづいたが、この「アジアの片隅で」はその後に来る。これは巨大なピリオドなのか、それとも何かの始まりを告げようとしたものなのか。

 そしてもう一つは天才ギタリスト青山徹のこと。青山は80年代後半から90年代頃のコンピューターによる打ち込みが主流になった業界に自分の居場所はないとギターを置いて本当に伝説の人になってしまった。この曲の拓郎と青山のツィンのリードギターは『ホテル・カルフォルニア』のドン・フェルダーとジョー・ウォルシュのそれに匹敵すると言う文章をさっき読んだが、今聞いてもなるほど憤怒の声を上げているようで肌が泡立つ。

 拓郎の『人間なんて』を漫画『巨人の星』の大リーグボールに例えて“日本ロック1号”という友人がいるが、その言い方で行けばこれはその2号だろうか。拓郎はまだ3号を投げていない。が、歌のサビは“このままずっと生きていくのかと思うのだが・・・・”で終わっていて、それは3号は自分で投げろ、と言う事だろう。

 それにしても書かれてから30年以上経って曲のリアルさは日々増すばかり。岡本おさみ、恐るべし。青山徹、恐るべし、吉田拓郎、恐るべし。

 

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