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ぼくが出会ったサイト

 十月に予定されている或るイヴェントに文章を頼まれて、その主催者から資料代わりにと紹介されたサイトをここのところずうっと読み耽っていた。

 そのサイトとはフォークシンガー三浦久さんの「ぼくが出逢った歌 ぼくが出逢った人」というもの。

http://www.nagano.net/journal/miura/

ウェブ・マガジン長野ジャーナルで1996年から2005年まで連載されていたもので、1960年代にアメリカに留学していた氏の青春記。前半がアメリカ編で後半が日本編。三浦さんの名前はボブ・ディランやレナード・コーエン、ブルース・スプリングスティーン等々の歌詞の翻訳と数冊のディランの研究書の著者として知っていたが、その人となりは不覚にも全く知らなかった。

エッセイは1から97まであって、一つ一つに歌や詩の題名が記されている。第一話はボブ・ディランの「風に吹かれて」で最終話はニール・ヤングの「ハートオブゴールド」。

 1965年生まれの自分の世代だと、例えば、佐野元春の「サムデイ」を初めて聞いたのは・・とか、RCサクセションの「トランジスタラジオ」は、あの時・・なんて思い出が誰にでもあると思うのだが、三浦さんの場合はそれが「風に吹かれて」や「八ッテイ・キャロルの淋しい死」や「スザンヌ」や「サウンドオブサイレンス」や「ア デイ インザ ライフ」だったりする。そして二人のケネディとキング牧師の暗殺があり、ヴェトナム反戦運動があり、ヒッピームーブメントがあり・・・と、時代は正に激動の真っ只中で、自分は数日、まるであの時代のタイムカプセルを予期せずに開けてしまったかのように、のめり込んで読んでしまった。

 紹介したいエピソード、目からウロコの話が満載だが、感動したのは別のところ。それは氏が友人、知人、有名人、また一期一会の人も含め、登場するそれぞれの人々を、まるで一曲の歌を歌うかのように語っているところ、その声。友部正人の「ロックンロール」と言う歌の歌詞に“ぼくが出逢った人が僕の歌なのかもしれない”というヴァースがあるが、このエッセイは本当にそうだ。そして「歌」は古い友人のように語られる。あまりに面白くて「書籍化はされていないのだろうか?」と思ったら、前半のアメリカ編が『追憶の60年代カルフォルニア』(平凡社)として出版されているとのこと。でも自分には日本編もすごく面白かった。

 内容はもう読んで頂く他ないのだが、最後に一つだけ音楽以外の話で紹介したいのが、文中、英語の教師でもあった氏が提唱するその勉強法。「シュリーマン方式」と言っているが、それは生涯で22か国語を完璧な話せたという考古学者シュリーマンがとったもので、このエッセイの第23話「エリナリグビー」の回に書かれてある(マクロバイオティックの提唱者・桜沢如一も同じ方法だと、後の回でも書かれている)。自分も韓国語の勉強を始めて3年目になるが、行き詰まりを感じていたところなので、早速、この方法を採用させて頂くことにした。

 氏は現在、信州長野で「オーリアッド」というライブハウス&コーヒーハウスをやっているようで一度行ってみたいと思った。そして十月が楽しみ。

 

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