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花蓮・玉里安通温泉へ行く。

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※写真はクリックすると大きくなります。

 今年の正月は台湾に行っていた。目的は湾生(日本統治時代に台湾で生まれた日本人)だった亡き父の生まれ故郷を訪ねる事。場所は花蓮県玉里にある安通温泉。(写真は玉里駅前)。一昨年、族長のような叔父が亡くなったのをきっかけに叔母二人に会ったところ、この玉里の話が出てどうしても一度行かなければと思っていた。せっかく行くのだから、と妻が台北市内の「鉄板」とも言える観光旅行も一緒にセッティングしてくれて、それは言わば豪華な前菜のようになった。

 私の会った事の無い祖父・佐々木一郎氏は1930年に宮城県石巻市から台湾に渡り、花蓮県玉里で警察官の招待所の責任者・番頭を務めていた(らしい)。そこは現在は地元で有名な安通温泉ホテルとなっている。父も二人の伯母もそこで生まれた。話は少し飛ぶが、先日、読んだ東山彰良の傑作小説「流」の中にこんな一文がある。

 “一九三〇年代に台湾先住民が日本の統治に対して武装蜂起した事件だ。手始めに派出所が襲われ、約百四十人の日本人が殺害された。総督府はただちに軍隊と警察を投入して徹底的に武力弾圧した。暴動を鎮圧したあとも日本人は報復を続け、約千人の台湾人が殺された。(第六章「美しい歌」の部分 文庫P192より抜粋)”

 事件とは「霧社事件」のこと。起きたのは現在の花蓮の隣の南投だ。勿論、ここでこの事件についての色々を問いたいのではなく、言いたいのはただ祖父の台湾行きにはそうした時代的な背景・要請があったのだろうと、ぼくが勝手に想像したと言う事。だが、それは当たらずも遠からじな想像だと思う。

 前置きが長くなったが、台北市内のホテルから玉里に向かったのは5日の早朝。AM6:17分の電車に乗るために家族皆で5時に起き、タクシーで台北駅に向った。

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当日は生憎、天気が悪く、車窓の風景は暗く打ち沈んだ蘇鉄と田んぼの連続だったが、もし季節が違って快晴であったなら、水を入れた水田に青空が映り、それはそれは南国的な景観であったろうと少し残念に思った。そしてもう一つ。電車の中は冷房が効きすぎていてとても寒かった。短い滞在スケジュールの中、台北からの日帰り旅行なので、やれる事と言ったら食事して風呂に入るくらいしか無いのだが、帰りの電車も冷房がこの調子だと湯冷めしてしまうのでは?と、行きの道中からしてすでに心配になった。だが、そんな思いもよそに妻、息子、娘は連日の台北での市内観光に続く早起きが効いたのか、眠る、眠る、眠る。話し相手もいないので仕方なく耳に入れたウォークマンのイヤフォンから聞こえてきたのはボブ・ディランの『サンダー・オン・ザ・マウンテン』。山にかかった濃い霧が時折、解けた。

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 実は台湾に来てからずっと野鳥を見ていた。台北市内にいても例えばホテルの窓から外の街路樹を見ると確かにいるのだが、日本のスズメのように路上に舞い降りてきたりとかあまりしないようで(たまたまぼくが出くわさなかっただけだと思うが)、いるのは分かっても何の鳥なのか分からない。去年、四月、中国の重慶に行った時、やはりホテルの窓からたまたま撮影した2種類が、それぞれ日本では中々見られない鳥であることが後日分かって、以来、味を占めて大きな移動をした際には気にかけるようになった。

 この電車からも何匹もの鳥が空を行き交っているのが見えたが何なのか分からなかった。車窓からチャチなデジカメの望遠を最大にして目で追うが無理。 諦めたが、とある駅に停車中、ふと外を見るとホームの下の線路脇の砂利の上に黒い鳥が一羽、歩いているのを発見する。すかさずパチリ。液晶で確認すると何かのゆるキャラのように見えて一人笑ってしまった。去年、重慶で見たクロウタドリだと思う。(多分)。

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 電車は予定通り9:16に、玉里に着いた。月台(プラットホーム)の柱に客家花布。

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 旅行中、いつもはホテルで済ませるところを、その日は早朝に出発したので全員朝食がまだだった。着いたら駅前で何か食べようと当初は思っていたが、皆で話して、バスで安通温泉ホテルにすぐに行き、そこで食べようということになる。ネットの情報を見ると宿泊しなくても食事と風呂はOKと出ているとのこと。だが、この決定が後の悲劇?の始まりに。

 娘が駅の従業員にバス停を聞き、少し待っての出発。停留所の手書きの時刻表には安通に行く1137便 光復―富里号はAM10:00となっているが、買ったチケットにはAM10:20とある。しかし、時刻表にAM10:20発のバスなどなく、何かの間違いだろうと誰も気にしなかった。これもさらなる悲劇に拍車をかけることになった。

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 到着した場所はただ「安通温泉」と看板がある二車線の道路脇。降りたらすぐホテルと全員が思っていたので面食らう。よくロードムービーやアニメのシーンで、予想外の風景で降ろされ、土煙を上げ走り去るバスに置き去られる主人公みたいなシチュエーションがあるが、文字通りその状態。

 皆、空腹なところに小雨までちらついて、その上、ここからどのくらい歩くのか検討もつかず、一挙に雰囲気が悪くなる。しかし、突っ立ってるわけにも行かず、皆で歩き出すことに。昔、アメリカを放浪した際に取った杵柄で、よっぽどヒッチハイクしようかと考えたが・・・止める。父は良く家から学校までの長い距離を歩いて通ったと話していたから、ぼくらにも歩け、ということか。そして、こんな状況にも何か意義を見出そうと周りを見渡すと、またしても目につくのは鳥、鳥、鳥。社会人野球の選手だった父は学校の登下校中に鳥を捕まえようと石投げをして、それで肩が強くなったと言っていたっけ。今度も写真に収めようと何度かシャッターを切るが不首尾に終わる。

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 歩く。日本にいる時の習慣で道路の左側を歩いていると、対向車が凄いスピードでやって来て、右側を歩いた方が良いと渡る。しばらく行くと道路脇の斜面に農家があり、そこで一人の老人が手を振っているのを見つける。台湾の場合、ご高齢の方の方が日本語が話せる可能性が高いと思い、意を決して斜面を駆け上がり、話しかけるがやはり通じない。先に行ってしまった中国語が話せる娘を呼び戻し、せめてここから徒歩であと何分くらいか聞いて貰うと、20分、だとの事でホッとする。その後も途中、“2時間”の聞き間違いでは?・・・などと疑心暗鬼なったりしながらも、ようやくホテルが見えてきて安心する。ほどなくしてAN TONG SPRING HOTELに無事到着。やれやれ。

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  「夜だけ?」
  「そう、夜だけ」。
 
 これが二つ目の悲劇?の始まり。着いたらすぐ食事、と、皆、それだけを励みに歩いてきたが、着いてフロントで娘に聞いて貰うと、確かに食事だけでもOKだが、それは夜だけの事だとか。途端にまた雰囲気が悪くなる。どうしようか?皆で喧々諤々になる。するとホテルに宿泊しこれから帰路に着こうとしている年配の女性の一団の中から、一人の女性がやって来て、片言の日本語で話しかけてくれる。状況を説明すると、他の方達も集まってきて色々とアドヴァイスをしてくれたが、結局、「フロントでタクシーを呼んでもらい、また玉里駅前に戻れば?」と言うのが大方の意見のよう。が、せっかくここまで歩いてきたのに、それはしたくない。ふと見ると道路を挟んだホテルの対面の看板に「食事」の文字がある(↑一つ目の写真の「富田錦」)。

 先の日本語が話せる女性が率先して店のお姉さんに色々と聞いてくれたが、なんでも作った料理を出すのではなく、店のものを買ってここで食べるのがOKなのだとか。いわばイートイン。お姉さんが店のカップ麺を指さす。完全な個人商店で家と店が一体になっているような感じのお店。お湯は沸かしてくれるらしい。謝謝。でも、ここまで来てカップヌードルかぁ!・・・口や顔には出さないものの、皆の心の中の落胆の叫びが聞こえるよう。だが、親切にしてくれた人々の手前、そうすることにする。しかし、この事がぼくに一つの決心を促すことになった。

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 実は歩いてくる道すがら、帰りの電車の冷房を心配して、風呂には入らなくてもいいや・・・という気になっていたのだ。ホテルの食事をして、周りの風景を写真に収めればそれでいい・・・そんな風に思い始めていたが、食事がカップ麺だった今、ここまで来て温泉にもつからずでどうする!という気になる。撤回。見ると、さすが分かりやすい我が家の面々、カップ麺であれ、空腹が収まると途端に落ち着いて先程の空気が嘘のように和やかな雰囲気になる。人、衣食足りて礼節を知る。誘うと息子も入るという。

 通訳を娘にばかり頼っていてはいけないと思い、筆談でなんとかしようとフロントで“我欲、唯湯屋・・・”みたいなことを適当に書き始めると英語で応対される。そうだよなあ、忘れていた、英語。入浴のみは250元。小さなタオルとミネラルウォーターが1本ついてくる。

 そして案内され脱衣所で服を脱ぎ周りを見ると、ゲッ、他の客は皆、海水パンツを付けている。もしや、ここはそういうスタイルでしか利用できない施設なのでは?と思い、もう一度フロントに戻り聞く。「Japanese style OK? 」「Japanese style OK! 」。上はネットで拾ったこのホテルのスパ施設。パンツを着用していた人達はつまりここの利用者で、Japanese styleは建物の奥にある。そりゃそうだ。Japanese styleの風呂は昔の古い銭湯のような感じ。そしてJapanese styleはぼくと息子だけ。浴槽が熱いのとぬるいのと二つあるだけのシンプルな造りだがお湯が良い。台北のホテルはユニットバスで主にシャワーだけ利用していたから、数日振りに湯に肩までつかりしばし陶然となる。いわきの父の墓前から持って来た玉砂利の小片も一緒に入浴。親父、帰ってきたよ。

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 カップ麺とは言え食事もし、お湯にまでつかりもすると、人は前向きになるらしい。風呂から上がると、さっきのフロントの女性に、つたない英語ででも自分とこの温泉との関係を説明してみようとの気持ちなっていた。しかし、フロントに戻ると、先程、英語で対応してくれた女性は居ず、居たのは二人いた内のもうお一方。「きゃんにゅうーすーぴーくいんぐりっしゅ?」と聞くと頷くので、自信満々(?)の英語でぼくは話続けた。「わんすあぽんなたいむ、まいぐらんどふぁーざー、わず、わーきんぐ あと ひあ。あと じす すぱ」。「あと ないんてぃーんさーてぃず。あばうとないんてぃいゃーずあごう。」。若い女性スタッフは初め怪訝な顔をしていたが、ここぞとばかり娘のスマホに入っている祖父の写真を見せると驚いた様子。

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 台湾旅行をするにあたって、父の墓参りがてら、いわきの伯母の家を訪ね、きれいにアルバムに貼られていた祖父の写真を娘が撮ったのだった。古色蒼然としたセピア色の写真の祖父はハッピを着ていて、合わせの部分に玉里安通温泉とはっきりある。驚いた若いスタッフは早速、経営者らしき女性を紹介してくれた。経緯を話すと、その昔、父や叔母たちが暮らした日本家屋は今も残っていて、なんでも日本統治時代のドラマや映画の撮影のために使われたりするらしい。「見れますか?」と聞くと「もちろんです。案内します」と上手な日本語で答えてくれた。行く途中の壁に当時の建物の様子を伺える写真が額装してあった。これ。

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  そして、現在。

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 建物には縁側があり、それには慨視感があった。そこに座って撮った祖父とまだ小さい父の写真を見たことがあるように思う。1989年、父は亡くなる時、昏睡状態のまま鼻歌を歌い始めた。家族の誰もそのメロディが何か分からなかったが、父の姉に当たる叔母だけがそれが玉里小学校の校歌だ、と分かった。生前、父は台湾での話を良くしてくれたが、あからさまに望郷の念を語ったことは無かったので驚いた。それ程までに父が帰りたかった場所に自分が自分の家族と今いることの不思議。何より息子、娘と来れて良かった。

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 そして最後に猫のこと。年末にいわきの伯母を訪ねた際に聞いたところ、叔母にはこの玉里で一緒に育った猫がいたとのこと。叔母が生まれた時、祖父がまだ目も開かない状態の子猫を貰ってきて、文字通り乳を分け合ったのだと言う。叔母が虐められると相手に飛び掛かり、調理場で働く女性たちが歌を歌いながら仕事をしているとニャアニャアと鳴いて、歌い終わると鳴くのを止める。当時、皆、「あの猫は自分が人間だと思っている」と言って笑ったそうな。

 だから日本家屋を見せて貰ってロビーに戻った時、一匹の猫が現れ、まとわりついてきたのに驚く。それは80年前の時空から迷い込んで来たように見えたから。単にここで飼われている猫なのかもしれないが、ぼくにはそう見えた。でも案外、本当に無計画に旅をする、飼い主のこの末裔たちを笑いに来たのかもしれない。それともじいちゃんがあいさつ代わりによこしたか。

 その後はタクシーを呼んでもらって、玉里駅まで戻り、駅前の食堂でやっと食事らしい食事をした。店のおじさんが陽気な面白い人で、帰りの電車の時間近くまですっかり店に居座ることになった。サービスで色々なものを出してくれた。もし、また来たら絶対に立ち寄るから、と言って店を出た。本当にまた来ようと思った。

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玉里麺。

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おじさん。

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 これが、この正月の出来事。いい旅だった。春になったらあの玉砂利をいわきの墓に返 しに行こう。

 

 








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豆花(ドウファ) 


初めてなのに
見覚えのある空が広がっていた
見覚えのある笑顔 
花 ざわめき

〈空に吸われし 
天燈の群れ 〉
 
ことばを知らないから
幼児に戻り
故に
 目もまた
幼児の目になる

市場の
色が
味が
匂いが
音が
一斉に語りかけてくる 君は誰だ?

階段で
居眠りする犬
水彩の
水色の海が見える旅の茶屋で
口中に
甘い原色の花が咲く

懐かしいのに
見知らぬ空が広がっていた
その暮れ色と
煙の匂い


口中に咲く
甘い甘い豆花(ドウファ)
 


    2018. 1.3 台湾 九份にて。

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