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昭和36年(1961) 全国都市対抗野球 オール常磐VS川崎トキコ戦の記事。

 弟のフェイスブックを見ていたら昭和36年(1961)に父が全国都市対抗野球に出て後楽園球場でさよならホームランを打った時の新聞記事と当時のスタンドの様子などを撮った写真がアップされていた。写真はそこから拝借したもの。

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 映画「フラガール」で主人公の兄を演じた炭鉱夫役の豊川悦司の部屋に野球のボールが転がっているのに気付いた人はいるだろうか?当時、我が郷里の常磐炭鉱には社会人野球のチームがあって父はそこの選手だった。この試合の時の相手チームは神奈川の川崎トキコ。いわきの野球と言うと、この後、昭和46年の磐城高校・甲子園準優勝の熱狂があり、これは水島新司の漫画『ドカベン』の明訓高校が決勝で戦ういわき東高校のモデルにもなった。社会人チームオール常磐と磐城高校準優勝の関係は2013年のこの記事に詳しい。https://diamond.jp/articles/-/36507

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 父の時は川崎トキコで、磐高の時は神奈川・桐蔭学園。そういえば「ドカベン」明訓高校も神奈川のチームだ。何か因縁があるのだろうか。日本の野球はアメリカ大リーグより強い、と終生言い続けていた父は平成元年に他界し、野茂もイチローも見ず、日本の二度のWBC世界一も知らない。元号が変わることなど気にも留めないでいたが、野球のことを考える時だけ上の事情からことさらな実感ある。

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 平成の終わりは昭和の終わり、と言ったのは故・橋本治だが、野球も当時と今とでは随分と変わった。先日、いわきグリーンスタジアムに電話したら、施設の一角にいわきと野球の関係が分かる展示があって、そこでオール常磐や準優勝時の磐城高校の資料が見れるという。10連休のどこかで見に行けたらと思うが、弟がアップした写真の数々(アップしたよりもっとあるはず)はそこに寄贈したら良いのではないかと思う。

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