アメリカの古いフォークソングを聞いている。
数年ぶりにアメリカの古いフォークソングに興味が沸いてこの年末年始はそうした音楽ばかり聴いていた。特に聞いたのはピート・シーガー。たまたま行った某大型古書店のCDコーナーに彼の『Family Concert』なるアルバムがあってそれを買って聞いたら凄く良かったということもある。歌そのものの良さはもちろんだが、自分が感じ入ったのは聴衆と一緒に声を合わせて歌うという、いわゆるあれ。
誰でも子供の頃、キャンプファイヤーなどにギターを持ったお兄さんが現れ、歌詞の数行を先に教えられながら皆で歌ったという記憶が少なからずあると思うのだが、当時、自分はそれをダサいと思っていた。何でだろう?それなのに今は、人の声っていいなあ、と聞き惚れてしまう。
その後、ピート・シーガーについては80年代に出た『Song along』という2枚組と古いアルバム3枚を一組にしたような企画ものも買った。どれも解説や歌詞の対訳が無いが調べると英語詞はほとんどネット上にあって、それを翻訳機で見て(だいたい変な訳だが)、歌の内容を知る、想像する、ということをやっていた。古いフォークソングはメロディは同じでも歌詞の数行、時には丸ごと詩は書き替えられるので、CDで歌われているものとネットで見つけた詞が違う場合も多々あってそういうのも興味深かった。
そしてピート・シーガー以外に手に入れたのはランブリング・ジャック・エリオット。ウディ・ガスリーの弟分で、ボブ・ディランの兄貴分のような人とか。中古屋で買い物したら300円分の割引券をくれたので「割引というのじゃなく、これで300円分のCDを買うこともできるの?」と聞くと「あの段ボールが100円とか200円のコーナーですよ」と教えてくれたのでその中を家探しして見つけたもの。
1曲目がウディ・ガスリーの『1913年の大虐殺』で、ボブ・ディランのデビューアルバムに収められている『ウディに捧げる歌』がこの曲のメロディで歌われたものということを初めて知った。そうか、あれはフォークソングというものの成り立ち、その伝統を含めてのリスペクトを表したものだったんだなと今頃になって理解する。かくして知ってるつもりで知らないことがいっぱいあるなあ、と思い知った年明け。今年も宜しく。
| 固定リンク
「音楽コラム(48)」カテゴリの記事
- "ザ・サブタレニアンズ"のライブを見た(2024.03.09)
- 五郎さんのライブに行った(2022.09.03)
- 最近、宇多田ヒカルを聞いている(2022.06.12)
- CD釣り~鱒のムニエルとFishermans' Blues(2022.05.15)
- アメリカの古いフォークソングを聞いている。(2020.01.06)
最近のコメント