« 57歳になった。 | トップページ | 9.11から21年目 »

相模湖に行った~『人魚』

 朝ケーキを食べたてしばらくして相模湖に行った。都心に一人暮らししている娘が「自然があって、何処かぼーっとできるどころに行きたい」と言うので。初めはせっかく免許を取ったのに全然運転する機会が無くペーパードライヴァーになってしまいそうだから運転させて、とも言っていたが、出かける寸前になって都心の家に眼鏡を忘れてきたことが発覚したらしく、結局自分が運転することになった。

 相模湖周辺はこれまでも家族で何度も来た場所だが、亡妻とカップルということになって初めてでかけた場所でもある。自分は昔、三鷹、小金井、吉祥寺あたりに住んでいて、妻は国分寺に住んでいた。つまり自分の青春?の舞台はその辺りで、だから初めて相模湖に来たときは随分遠くまできたような、ちょっとした小旅行気分であった。楽しかった。

 娘と出かけて湖畔に着いたのは丁度昼時で、何か食べようということになり、湖畔にあるレストラン「マツキ」に入る。ここも初めて来たときに入ったところだが、息子であれ娘であれ、小さかった二人を連れて入った記憶はないので(娘も初めて入ると言っていた)、その後、何度か来たことがあるにせよ多分、30年ぶりくらいではなかろうか。あの頃、まさか今のような状況で娘と二人で来ることなど想像もしなかった。自分は白身魚のフライ定食。娘はステーキを食べる。

1

 
 食べて湖畔を散歩。実は白血病の治療で入退院を繰り返していた妻と最後に二人で来たのもここだった。だからどこをどう歩いても、何を見ても彼女の気配を探してしまう。娘も自分の子供の頃の思い出と重ねて同じような思いをしているようだった。スマホにケア帽子をかぶって湖畔のベンチに座っている妻の写真があって、その写真の周囲の物や景色のアングルからそのベンチを探して、娘と二人で座ってみた。

 どんな思いでこの大きな水を見ていたのか、と思った。

 娘と宇多田ヒカルの『人魚』という曲の話になった。妻を亡くした夫と母を亡くした娘のどこが違うのかは分からないが、母・藤圭子を亡くして8年近く実質引退した後に復帰した宇多田ヒカルの、復帰後のアルバムを父娘ともにいつも治療のように聞いていて『人魚』もその中の一曲。その場でサブスクで聞いたりなどしなかったが、頭の中でその曲がゆっくりと流れた。


帰宅途中に、日ごろから美味いと聞いている無人餃子屋に行きそれを買って行く。夜は娘がそれを焼いてくれて食べる。娘は自分の家にテレビを置いていず、ここ数回分の大河ドラマを見ていないと言うので、録画して溜まっている過去3回分の『鎌倉殿の13人』を続けざまに見る。その後、ブラタモリで青森の恐山。

 早起きし過ぎってずっと起きていたので、途中から猛烈に眠くなり、9時半頃就寝。

 

|

« 57歳になった。 | トップページ | 9.11から21年目 »

日記 2022.6.19~2023.6.19 (365)」カテゴリの記事