ロシア料理空振りで冷麺セット
大型連休二日目。天気は薄曇りに時々雨が混じる感じ。
大学時代の友人と府中で会う。自分たちがその頃企画したイベントの資料をその彼が持っていて、それを預かるのにロシア料理の店で昼食をということだった。だが行って見ると今日は予約客だけで席はいっぱいで空くのは一時間後だという。失敗。予約っしておけば良かった。なので急遽、くるる上の韓国料理屋「シジャン」に行った。そこで冷麺。ロシア料理店は日をあらためてといことにした。
下村さんの本を作っている編集者の女性に乞われての資料集めだが、当時作ったパンフレット、ポスターは友人が持っていたものの写真が無い。当時の写真をいっぱい持ってきてくれ、そこに下村さんが歌っていたり、居酒屋で皆で打ち上げをしているところの写真はあるものの、あのイヴェントの時のものではない。あの頃、写真は大量にあって、動画もあったのだが、あれは何処に行ってしまったのだろう?二人で冷麺セットを食べながらしばし話す。イヴェントを一緒に企画してくれた恩師にもその場から電話して聞いてみたが持っていないとのことだった。
食後、時間もあり府中にいるので、今日は天皇賞だから競馬でも。。。と一瞬頭をよぎるが止める。何年も馬券を買っていないし急にやったからと言って勝てるわけでも無し。ロシア料理を食べるだけのためにまた会おうと、京王線・聖蹟桜ヶ丘で友人と別れた。
帰宅後、友人から預かった当時のパンフレットをじっくり読んだ。パンフレットには当時、イヴェントを企画した友人、弟、それと自分のコメントや文章があり、下村誠、友部正人、諏訪優、吉田ルイ子、The Street Beat、樋口健司、宮田雪などのそうそうたるメンバー。川村かおりはサプライズゲストであった。今読むと友部さんの文章が良い。どの本にも、エッセイにもこの文章は収録されていなくて貴重なのではないか。当時、学生たちのこんな企画にこんなに真剣に文章を寄せてくれた友部さんにいまさらながら感謝の念が沸いてくる。3冊預かったが、6月にライブを見に行くのでその時、一冊あげようかなと思う。
それと下村さんの文章だが、当時の下村さんはアメリカインディアンのことにも冷ややかで、反核にもエコロジー運動にも否定的である。というかまだ何も知らないという感じ。逆にこのイヴェントが後年の彼の歌や行動のキッカケになったならそれはそれで貴重な文章だと思った。このイヴェントのテーマソングとして書かれた『インサイドサバイバル』の詩が記されている。この歌はジャクソンブラウンの『フォーエブリマン』のような、安易に連帯、ドロップアウトせずに「個」として考え、生きていくという宣言だった。歌はこの頃、まだ雄大なバラードだった。
弟に電話して聞くと、写真の幾つかが山形の家にあるという。灯台下暗し。郵送してくれるように頼んだ。
夜、友人の引っ越しを手伝っていた息子から連絡があり、友人ともどもレンタカー屋まで迎えに来て欲しいと言うので秋川に行く。雀士から行政書士になった友人とフリースクールの教師をしているという二人と息子。しばし、車中で会話を楽しむ。
23時就寝。
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