古い日記
天気、曇り時々晴れ。
今日はやや大きな撮影の仕事があったので願ったりであった。斜幕で影を作ったりする必要がない。曇りの日は発掘日和である。また主力五人が他の現場に出かけているので少人数。昨日、聞いておいた掘削の仕事を残りのメンバーと黙々とやる。
夕方、終業時に近い頃、現場隣の家の年配の女性がやって来て色々聞かれる。これまでも時々やって来ては様々な質問をされるのだが、その中の一つは何故、一つの面に縄文時代や古代、近世(江戸時代)、近現代のものが一緒にあるのか?ということ。その時代時代で深く掘られたものを同一平面上で見ているから、ということをなるべく分かりやすく説明したつもりだが中々分かってもらえず。それと何故、その一つ一つの穴がそれぞれの時代のもかと分かるのか?と言う質問。これも地質や出土遺物から。。。と説明したが分かってもらえなかった(多分)。だが実は自分がこの仕事を始めた頃、不思議に思ったのもこのことで、説明しながらそのことを思い出した。
帰宅して火曜日なので写経。その後、冷蔵庫を見たら様々野菜があるのでソーセージと一緒にそれらをざくざく切って野菜炒めを作る。オリーブオイルで炒め味付けは塩・胡椒のみ。夜、息子が仕事の集まりがあっていないというので、簡単に作ったつもりがシンプルに美味かった。結局、集まりがなくなったと息子は早めに帰って来て、それを明日の弁当のおかずにもらえないかとのこと。多めに作っておいて良かった。
一昨日、このブログで自分が日記をつけ始めた頃のことをちょっと書いたので、思い出してその頃の日記帳を、特に一番初めのものを久しぶりに見た。平成13年(2000年)のもの。3年連用日記の最初は年初めにこの一年をどんなものにしたいのか所感を書くページがあって、そこをじっくり読むと、ワープロ、PCなどで文章を書くのが普通になってきたが、あえて自分は手書きで書き続けたい。。。と言うようなことが書かれていた。なんでも屋久島の詩人、故山尾三省氏の手仕事、について書かれた著作の影響を受けてのことのよう。そうだ、その頃、彼と宮内勝典氏の著作を夢中で読ん出てたっけ。
その頃の日記も少し読む。ブログで書くのと違って、登場人物は皆実名で色々なことが赤裸々?に書かれていて面白かった。小さかった頃の子供らの様子が一々可愛い。
仕事を少し早く上がれるようになったその時間でジムへ、と思っているが日曜日に行って、月曜日は館が休みで、火曜日は写経する日と決めているので2日空いた。なんだか体を動かしたくてしょうがない。まあ、毎日は無理でも週の中の何処かで、と思う。明日は行こう。
23時半、就寝。
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