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50パーセントのホールデン・コールドフィールド

 朝は晴れていたがその後薄曇り。快晴なら何処か出かけていたかも。

 早朝、息子を立川の北野台まで送っていく。昨夜、雨がかなり降ったのか渇水気味だった浅川の水量がまたぐっと増えていた。諾々と流れ川らしくなっていてカッコ良かった。ブルーリバー。今日は二十四節季の清明とか。そのせいもあってか清々しい。カーラジオでポール・マッカートニーの新曲を聞く。ニューアルバム、待ち遠しい。

 Paul McCartney - Days We Left Behind (Lyric Video)

 昨日、キッチンのガスレンジ周りを掃除したら、いろんなことが気になって、今日は朝9時から本格的に家の掃除をした。フローリングの床の雑巾がけ、乾拭き、ワックスがけ。昨日に続き、キッチンのシンク、棚を外して磨き、大型のダストボックスの洗いetc。ちゃんと作業着に着替えてマスクをして現場作業の時と同じ10時半から15分休憩して、また仕事。昼休み1時間とった後、午後からまた働き出してまた現場と同じ14時45分から15分休憩して16時まで仕事。ちゃんとやると結局、一日かかった。

 さて、そんな仕事しながらも。

 弟のFacebookで北山耕平さんが亡くなられたことを知る。昔、ネイティブアメリカンの居留区をウロウロしたりしたのは全く氏の著作の影響なのだが(あとは故宮田さん)、それ以上に今の仕事(遺跡の発掘)をしていることすら氏の影響かも、と訃報に接し思い至る。『ネイティブ・マインド』から『ネイティブ・タイム』へということ。それとこれも昔、雑誌『ぴあ』の別冊みたいので佐野元春との対談があったのも忘れられない。二人はまるで50パーセントのホールデン・コールドフィールドみたいだった(という言い方も北山氏の『ホールデン・コールドフィールドと25パーセントのビートルズ』による)。サリンジャーが亡くなった時、このブログにこんな文章を書いたこともある。

 『ライ麦畑でつかまえて』 J・D・サリンジャー死去~北山耕平氏による『ライ麦~』的シティ・ボーイ路線はその後誰に受け継がれたか?: ペンギン・ビート急行

 ご冥福を祈る。

 夜はまた韓国風の炒め物。今日の読書はどうしてもこれ。元気に街で生きていくための、魂の処方箋(帯より)。

 

Photo_20260405221201

 

 現在22時。風呂入って寝よう。 

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