加川良さん死去~駒沢あたりで

  

 加川良、と言う名前を初めて知ったのは吉田拓郎の「加川良の手紙」という曲だった。小学生の時。4つ上の兄のカセットテープから流れてきて面白い歌だなあ、と思った。

 今朝、早く起きすぎて眠れなくなって、拓郎に纏わる思い出話をここに書いたばかりだが、良さんの死を知って、今日、また上手く眠れるかどうか分からない。高校生の頃、いわきの「キネマ館」で、村上律さんと一緒のステージを何度見ただろう。打ち上げで「いわきでは冷やし中華にマヨネーズが付くんですよ!」と言ったら、「そんな気色悪いもン誰が喰いますかぁ!」と良さんが笑ったのを思い出す。

 後年、いつかのアースデイ、雨の中ライブを見ていたらビニール傘を貸してくれる人がいてなんと良さんと良さんの奥様だった。僕の事など覚えている筈もなかろうから、きっとそういう事が誰にでも自然にできる人だったのだろう。今日は朝から思い出話ばかり書くことになった。

 悲しい。ご冥福をお祈りします。

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アジアの片隅で

 異様な曲。12分46秒。岡本おさみ&吉田拓郎には70年代に綺羅星のような名曲群があるが、それとは一線を画する。発表はバブル前夜の1980年。藤原新也が『東京漂流』で"東京最後の野犬有明フェリータ"の死を告げる3年前のこと。故岡本おさみは目前に迫っているこうした得体のしれない時代と抗う歌を拓郎にもっと歌わせたかったようだが、この頃、新譜ジャーナル誌上での論争が引き金となって二人は絶縁する。

 岡本おさみが亡くなった時、自分は『世川行介放浪日記』なるブログの“岡本おさみ雑感”というカテゴリーの文章を全部読んで、アルバム『シャングリラ』収録の『いつか夜の雨が』が岡本&拓郎コンビの最後の歌・・という意見に大いにうなづいたが、この「アジアの片隅で」はその後に来る。これは巨大なピリオドなのか、それとも何かの始まりを告げようとしたものなのか。

 そしてもう一つは天才ギタリスト青山徹のこと。青山は80年代後半から90年代頃のコンピューターによる打ち込みが主流になった業界に自分の居場所はないとギターを置いて本当に伝説の人になってしまった。この曲の拓郎と青山のツィンのリードギターは『ホテル・カルフォルニア』のドン・フェルダーとジョー・ウォルシュのそれに匹敵すると言う文章をさっき読んだが、今聞いてもなるほど憤怒の声を上げているようで肌が泡立つ。

 拓郎の『人間なんて』を漫画『巨人の星』の大リーグボールに例えて“日本ロック1号”という友人がいるが、その言い方で行けばこれはその2号だろうか。拓郎はまだ3号を投げていない。が、歌のサビは“このままずっと生きていくのかと思うのだが・・・・”で終わっていて、それは3号は自分で投げろ、と言う事だろう。

 それにしても書かれてから30年以上経って曲のリアルさは日々増すばかり。岡本おさみ、恐るべし。青山徹、恐るべし、吉田拓郎、恐るべし。

 

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Merry Christmas~スティングの「I saw three ships」

Merry Christmas!

 

       三隻の船がやってくる
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       三隻の船がやってくる
       クリスマスの日の朝に

       三隻の船に誰が乗ってる?
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       三隻の船に誰が乗ってる?
       クリスマスの日の朝に

       イエス・キリストと聖母マリア様
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       イエス・キリストと聖母マリア様
       クリスマスの日の朝に

       三隻の船はどこにいくのか
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       三隻の船はどこにいくのか
       クリスマスの日の朝に

       ベツレヘムへ行った
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       ベツレヘムへ行った
       クリスマスの日の朝に

       地上に鐘が鳴り響く
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       地上に鐘が鳴り響く
       クリスマスの日の朝に

       天国の御使い歌い出す
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       天国の御使い歌い出す
       クリスマスの日の朝に

       地上の民が歌い出す
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       地上の民が歌い出す
       クリスマスの日の朝に

       我らは喜びにあふれて
       クリスマスの日に クリスマスの日に
       我らは喜びにあふれて
       クリスマスの日の朝に

   


(ブログ「ハッピークリスマス!クリスマスソング特集」より )

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スティングのニューアルバム

Photo_5  最近、スティングのニューアルバムばかり聞いている。聞いて『ダブルファンタジー』の頃にジョン・レノンが、"ロックンロールなんて俳句みたいに簡単だ、定型があるのだからそれにただ自分の想いを乗せて歌えば良いのだ" みたいに言っていたのを思い出した。何かが吹っ切れたかのように瑞々しいのだが、これには過去の焼き直し、手慣れ云々・・・という批判も当然あるようで、それも分かる。ただ何が歌われているのか?と歌詞を見たら、それぞれの曲がシンプルなポップソングのようでいて今の世界で起きている事に対するメッセージが様々に込められている。こういう彼は久しぶり。やはりかっこいい。

 故ボウイ、故プリンス等、急逝した同業者について歌われた「50000」、地球温暖化の問題について言及した「Fine day」、ボートで海を渡る難民たちを歌った「インシャラ」、2014年にシリアで殺害されたフォトジャーナリスト、ジェイムス・フォーリーのドキュメンタリー映画「ジム」のエンドタトルとして使われた「ジ・エンプティ・チェア」等等、かつて「ラシアンズ」や「They dance alone」を歌ったスティング節は健在だ。さる11月13日にパリ同時多発テロの現場となったバタクラン劇場再開の杮落しとして行われた彼のライブでは先行シングルになった「I can't stop thinking about you」の“you”が犠牲者たちに捧げられていた。

 ポリスの頃はまあまあ、ソロになってすぐの頃が一番好きで、その後はあまり感情移入できなくなっていたが、ここにきて点が繋がって線になったようにスティング熱が再燃。ロックミュージックを聞くことがノスタルジー交じりの、やや予定調和なものになりかけていたのを思わぬ人から思い切り正された感じ。今、この新作のプロモーションで来日しているみたいだが、来年6月には日本公演が予定されているとのことで楽しみ。それまでに聞いていなかった過去何作かも遡って聞いてみよう、などと思っているところ。

   

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ドンブラ

 娘からのスカイプのメールにドンブラという楽器が出てきました。調べるとカザフスタンの二弦の弦楽器。それでちょっと聞いてみました。楽しくやっているようです。

Photo_2

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%82%B6%E3%83%95%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD-%E6%B0%91%E6%97%8F%E9%9F%B3%E6%A5%BD/dp/B0017GSG6G

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Momento Magico

Photo  娘が九月に重慶に留学してしまう前に、ということで、昨夜、家族プラスぼくの韓国語の先生を交え食事した。場所は日野駅前の「ホンガネ」。先生は娘の友人でソウルからの留学生。

 「ホンガネ」という店名は"洪さんの家"の意で、彼女(以下、선생님(ソンセンニン)=先生)の苗字も「洪=ホン」さんなので、一度一緒に・・・と前から話していたのだ。日本に在る韓国料理店は何処も日本人に合わせてあるので生粋のソウルサランである선생님(ソンセンニン)の舌に合うかどうかちょっと心配だったが、満足してくれたようだ。さすがオモニ。どれも美味しかった。http://www.honggane-hino.com/

 昨日の食事中、「オリエンタルラジオの「パーフェクトヒューマン」はPSYの「カンナムスタイル」のパクリではないか」という話になった。言ったのは娘。韓国の歌手PSYの「カンナムスタイル」は世界の動画再生回数1位になった曲で、ちょっとしたリップサービスも含んだ発言だったと思うが、我が선생님(ソンセンニン)はPSYが嫌い。あれやいわゆるK-POPのようなものが世界中に広まり、韓国の音楽があれだけと思われるのは心外だ、のような感想を선생님(ソンセンニン)は述べた。「ナ・ユンソンは?」と聞くと「彼女のような人がもっと知られるようになってくれればいいと思います」と、선생님(ソンセンニン)は言った。

 以前、トム・ウェイツの「Jockey Full Of Bourbon」の凄いカヴァーをYouYubeで見つけて以来、ずっと聞いているナ・ユンソン(나윤선)。冬季ソチオリンピックの閉会式に彼女は登場したがその歌声は日本では無視されていた(と思う)。

 ↓はヨーロッパを一撃した彼女の「Moment Magico」。

   https://youtu.be/43OO1AQvIuM<

 この曲を聞くたびにJazzyなメロディーの中、彼女の声にパンソリ(韓国の民族歌謡)の響きのようなものを勝手に感じてしまい、「アジアの同胞」(古い言葉)としては、自然、嬉しくなってしまう。ケルアックの伴奏者だったデヴィッド・アムラムの言葉の幾つかを思い出す。

 昨夜の東京は蒸し暑かったが皆で相談してプデチゲ(部隊鍋)を食べた。汗をかいて外に出ると生ぬるいはずの風が一瞬、涼しく感じた。Momento Magico!楽しい、佳い夜だった。

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いわきculbSONICで仲井戸麗市を見た。

 昨夜、いわきのculbSONICで仲井戸麗市を見た。66才の「少年」だった。ルート66。昨日、彼のステージを見ながら、自分はその昔、目の前 にいる少年のような彼のその「少年期」に憧れていたのではないか?と、そう思った。60Sの新宿。風と月のカフェ。ビートルズ武道館公演。押し寄せるブリ ティッシュ・インヴェイジョン。そして、そんな日々の中でのバンド活動。「新譜ジャーナル」を見ながら一緒に彼のポーズを真似ていた地方都市の同志が経営す るハコで見た仲井戸麗市は、しかし、すっかりおじさんになり始めている自分を尻目に"強靭な少年"だった。

 少年期は牢獄だ。居心地良さが骨身に染みているくせに、何時の頃から誰もが「大人」になるためにそこからの逃走を試みる。区画整理予定地の荒地に建てら れたプレハブの飯場。石巻の元漁師だった出稼ぎ親父たちの、夜ごとの猥歌をイヤフォンで耳塞ぎながら、かび臭い布団にくるまりカセットテープでガブのみに 聴いたのは、彼の1stソロアルバム収録の「One night blues」。少年はどんなに逃げても必ずもう一人の自分にとっ捕まり連れ戻される。何時の頃から自分にとっての少年期とは、ドジで、ヘマで、無力で、鬱陶しい時代の代名詞になってしまった。アントワーヌ、大人は判ってくれない。

 

 昨日も66才の「少年」は囚人だった。ブルースとロックンロールの囚人。だが、何処にも行けない、逃れられないという常日頃の自分の思いに対し、彼 は、そこにいればいい、それでいい、と告げていた。SEは「What wonderful world」と「EVERYTHING'S GONNA BE ALRIGHT」。いつまでも踊っていたかった。

 深夜のハイウェイ。空で風の道を雲が歩いてた。太平洋の暗い水のうねりが少女の影を砂にして崩していた。防波堤の長いベッドにかつての自分が寝転んでい るのを見た。5秒毎に走る灯台の光と密漁船の幻。ボトルネックのギターの響きが脳みそをビブラートして助手席の眠りを妨げる。蒸し暑い夜のボンネットとそ れにへばりつく蛾。リポD片手のインスタントなサマーツアーの、夢のカーステレオから流れるのは「The仲井戸麗市 book」。

 昨日、いわきに仲井戸麗市がいた。
 
 少年は永遠に夏を生きている。

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宇多田ヒカルの「花束を君に」

 毎朝見ているNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」。宇多田ヒカルが歌うその主題歌が彼女の母・故藤圭子へのレクイエムだと最近気づいた。(世間の人には自明のことなのだろうか?だとしたら不覚)。テレビではワンコーラスしかやらないが通して聞くとその伝わり方が凄い。

 http://pvfull.com/utadahikaru/to-you-a-bouquet-of-flowers

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 宇多田ママの、そのデヴューに至るまでの壮絶な生い立ちとか全盛期の頃の様子とかは知らない。ただ子供の頃、家にアニソンのオムニバスアルバムがあり 「明日のジョー」や「巨人の星」等の歌に混ざって「さすらいの太陽」なるアニメの歌も収められており、その主人公は藤圭子をモデルとしていた。(それも後 年知ったのだが)。とにかくここではそのようなアニメが作られるほどママは空前絶後な人だったとだけ覚えておきたい。

 そして特定の故人に向けられて書かれた歌にせよ、それが普遍的な鎮魂歌になっているところは娘もさすが。加えてこの歌をさりげなく毎朝流しているNHK にも拍手。ここ数年起きたことを思えば、一見、日常にすっかり溶け込んでいる風のこのメメントモリな朝を自分は嫌いではない。

 「花束を君に」の「君」はかつての日本・・・・というよう風に自分は聴いた。それは貧しさの中を誰もが生きていた父母の日本。そして稀代の天才ポップ・クリエイターの中にその風景がしっかりと受け継がれていることを確認できて、毎朝密かな喜びを覚える。

 ・・・・と、昨日この小文を書いたが、今日は祖母の命日。合掌。

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"狐火"を見た。

 昨夜、友人の若松政美プロデュースのライブ『NAKED SONGS Vol.9』で初めて"狐火"を見た。先入観を持たずにいようと思ってあえてYouTubeなどで見ないようにして出かけたが、なかなか衝撃の体験だった。ラップというジャンルは門外漢なので詳しいことは分からないが、ライム(韻)を踏むとか色々それ なりの約束事があるのだと思う。しかし彼の作品、パフォーマンスはそこから全く自由でトーキング・ブルース、ポエトリーリーディングに近いと感じた。批判もきっといっぱいあるのだろうが、どの曲(詩)もアウ トローぶること無く、等身大の、今の日本に生きる青年の切羽詰まった気持ちが時にラップという形からはみ出しながら歌われていて、イベントの題名通りまさにNAKED SONG (裸の歌)と感じた。

 福島出身というのでライブ終了後、話をすると、なんといわき明星大学出で郷ケ丘に住んでいたとか。友人が経営するライブハウスに何度も出ていると言っていた。頼んで一緒に写真を撮った。シャイな好青年だった。これからも応援しようと思う。↓は昨夜歌われたナンバーのなかで特に心に残った3曲。 

 

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JUICE&LOVEのニューアルバム「50/50(フィフティ・フィフティ)」~新しい歌

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 避難してきた人、ずっと住み続けている人、復興作業員、原発作業員・・・現在いわき市には、様々な事情を抱える人たちが暮らしているが、そこで営まれる日常の思いや葛藤が詞にも演奏にも自然に滲み溶け込んでいるロックナンバーは、今、何処を探してもこのアルバムでしか聞けないのではないかと、そう思った。大袈裟なもの言いに聞こえるかもしれないが、それはきっと事実だろう。

   のこされ島に今住んでいる
   逃げ遅れたままと言われている
   予定外のストーリー

   「のこされ島」 (作詞 関野豊  作曲猪狩定一 関野豊)

 いわきのバンドJUICE&LOVEのニューアルバム「50/50(フィフティ・フィフティ)」。19年前の1stアルバムの頃、まだ青く少し危なっかしい演奏とボーカルがまた魅力、と言った感じだったものを、長い歳月は彼等を強靭なダディーズ・バンドに変貌させていた。特に猪狩定一のGuitarが快演。カッコイイR&Rアルバムはあっという間に聞き終わってしまうがこれもそう。12曲で50分。CDではあり得ないA面、B面をカセットテープの巻き戻し音で表現していて、そこも古くて新しいこだわりで面白い。

 どのナンバーも味わい深いが個人的に特に好きなのは「腕の中で」と「7×7」。7×7=49。きっと毎年、夏が来るたび、ぼくはこの鎮魂歌を聞くだろう。

 それとこのアルバム・ジャケット。普通にかっこいい写真だと思っていたら、年末、関さんに直接手渡された時、これは2011年3月16日の常磐線いわき駅前を撮ったものと聞いて驚いた。原発事故の5日後。静かに目に見えない破壊が進行する無人の街路で、叫び声がやがて「新しい歌」に変わる。まるで小説「コインロッカー・ベイビーズ」のラストシーンのようじゃないか。この写真をセレクトしたバンドのアルバムに込めた思いが伝わってくる。

 リピートにして最終曲「Seed」が終わると、いわき駅前の雑踏のものと思われるSEの後、テープが巻き戻される音がする。そのたびにぼくは無人の街路に立たされた気になる。そして聞こえてくるのはまた1曲目の「Hello the world」だ。これは希望の歌。ぼくらが何処で終わり、何処からまた始めるべきなのか、確認したくて何度も繰り返し聞いてしまう。

 新年を飾る、胸のすくようなロックンロール。故郷からの嬉しい贈り物。

 しかし、何故、いつも傷ついた場所から励まされることになるのだろうか。


     人生行くなら
     サヨナラちりばめた
     しぼりだして言う
     真夜中のハロー
     Hello the world

      「Hello the world」 (作詞・作曲 関野豊)

 
 

 アルバムは1月15日、全国発売です。上で紹介した2曲は↓のページで試聴できます。是非。

 http://juicelove.jimdo.com/

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