みょうばん漬け

Photo_3  先週、突然、山形の義姉が訪ねてきて、ブドウや洋梨やらと一緒に茄子の漬物をつくってきてくれました。恐縮しながら食べるとこれが美味!。早速、電話してどうやって漬けるのかと聞くと、これは“みょうばん漬け”というものらしい。水に重曹(みょうばん)と塩と砂糖を溶かしそれに漬けるだけなのだけれど、量に絶妙な配分があるとかで教えてくれたのが↓のレシピ。

 水 2ℓ、 みょうばん 10g、 塩 180g、 砂糖 250g。後はこれに南蛮を2本入れればOKとのこと。

 頂いたナスを食べ終わった後、それにキュウリを漬けたらと思いやって見るとこれも美味しい。で、づっと漬け続けられるのだろうと思い、その後、さらにみょうがを漬けたら超浅漬け状態でハッキリ言ってこれは失敗。野菜そのものからも水分が出るので液が薄まってしまったのでしょう。

 で、いつでも美味しい漬物を食べていたい私は、早速、今日、自分で漬けて見ました。

  私が何かやり始めると怪訝な顔をしながらも、結局、いつも手伝ってくれるのは娘。水の量や砂糖、塩を計り、ナス、キュウリを切って漬けるだけだけど、理科の実験みたいで楽しかったです。

 そう言えば、自家製みそ、どうしたっけな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

初めてのニョッキ

Photo  最近流行の血液型別説明書シリーズの『O型ー自分の説明書』を見て、一番笑ったのは“腹が減ると無口になる”ってところ。我が身を省みて笑った、笑った。妻や息子や娘に『ねぇ、お父さん、怒ってるの?』と、よく聞かれるが、いいえ、お父さんは怒ってるんじゃないんです、腹が減っているんです。

 最近、この事実に薄々気が付いてきたのが妻よりも娘。で、色々と作ってくれるようになった。嬉しい。「やっぱ、女性は料理が上手な方が素敵だよ・・・」とかなんとか、一緒に見た映画『かもめ食堂』の小林聡美を例にとりながらウンチクを垂れると、娘のモチベーションも俄然高まってきて、益々料理の腕を振るってくれる。(と、この辺のシンプルさが彼女も父親譲りの純正の0型)。

 しかし、この“料理”については最近つとに女性とより男(やろー)同士の会話の中での方が盛り上がることが多い。私が送迎している帰りの車の中は毎日、女の話やシモネタなんかじゃなくて、ずっと料理の話。

 「ロール・キャベツはキャベツに焼き目をあらかじめつけておくと美味いらしい。」「パンを焼きたいがオーブンがなくって・・それで蒸しパンにした。」「もっと広いキッチンが欲しい。」エトセトラエトセトラ。

 これは元々は最近美味いものを食べていない→美味いものが食べたい→でも美味いものは高い→こうなったら美味いものを自分で作るしかない!と、ここ数日そういう展開で話が進んできた結果。けしかけたのは私だが、それで自分で弁当を作ってくるようになった者もいてそれはそれで良いことだと思う。

 昨日、お茶をやっている娘に中学の入学祝いにちょっと高級の抹茶茶碗を買ってやろうか?と言ったら断られた。それで今日、“ちょっと良さげなオーブンは?”と聞くと大喜びしていた。よおし、OK!! それで美味しいものをじゃんじゃん作ってくれたら私も嬉しい。

 さて、今日、帰りの車の運転中、私が押し黙っていると最後の一人が背後で「腹、減りましたねぇ・・・」と言った。

 ・・・・・こいつ、俺のこと分かってるなあ・・・・。

 

 PS 写真は昨夜、娘が作ってくれた“ニョッキ”。なんでもイタリア料理だとか。そんな洒落たもん、こちとらこの年まで食べたこと無くて、で、初めて食べた。美味かった。今、イタリアの作家エルサ・モランテの『アルトゥーロの島』を読み始めたばかりなので、なんかタイムリーな気分。

 この小説に出てくるかな、ニョッキ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カレーの日

今日、家に帰ると晩御飯はカレーライス。妻&娘が「何故、今日、カレーにしたか知ってる?」と、聞くので「ああ、知ってるよ。今日はカレーの日なんでしょ。」と当てずっぽうに言うと「なあんだ、知ってたのかー。」と二人。あら、本当にそうだったのね。

 聞くところによると昭和57年の今日、全国で一斉に学校給食にカレーが出た日だからとか。そんなの知ってるわけないだろー。

 カレーは本格的なインド・カレーのようなのも好きですが、一番好きなのは家で作った普通のカレー。それにソースを掛けて食べるのが私は好き。

 料理で初めて覚えたのはカレー。私は『キテレツ大百科』のオープニング・ナンバーでコロッケを↓で、カレーの作り方を覚えました、と言うのは真っ赤な嘘。でも、このマーシー若い(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋のパスタ・秋のビートルズ

Photo

 

秋のパスタ。と、こう書くとなんか韓流ドラマの題名みたい。いや、別にたいした意味はなくて写真は今日の昼、娘が作ってくれたパスタです。「いくらと水菜のチーズクリームパスタ」。

 昔ほどではないにせよチーズに苦手感がある私を気遣ってか、チーズはやや少なめです。こういった系のソースのパスタは食べ始めは良いのだけど、だんだんとくどくなってきて、最後はつらくなってくるのが常なのですが、これはいっぱい食べられました。ありがとう、Mちゃん、お料理上手なのは良いけど、あんまり早くお嫁に行かないでね。

で、10月はたそがれの国、私が一年で一番好きなこの季節、我が家の前の公園の木々を見ると紅葉はまだですが、でも微妙に色づき始めました。来週末くらいでしょうかね、本格的な見時は。

 気温は日々低くなっていますが、今日は陽射しが強くて、まだまだ半袖で十分過ごせます。それで近頃の景気不安も手伝って、遠出せず近場で過ごそうと公園にはいつもよりやや多い親子連れがお弁当持参でやってきています。それでかえって充実して過ごしているようで、うんうん、そうだよ、そうやって過ごした方が良いんだよ、お母さん同士で話したり、お父さんは子供の話を聞いてやったりしてさ。

               ☆ 

 さて、そんな秋の一日に、私が選んだBGMはビートルズの『ビートルズ・フォ・セール』です。ジャケットが秋っぽくてとても美しい一枚です。

ビートルズ・フォー・セール ビートルズ・フォー・セール

アーティスト:ザ・ビートルズ
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:1998/03/11
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ビートルズってこのブログで特別に取り上げたことってないんです。個々にはあるけど。小学校5年の時に聞いて、以来30年以上ずっと聞き続けているビートルズ。自分がこの人生において一番影響を受けたものだと思っているビートルズ。これは野球に例えるなら初回に満塁ホームランを打ってしまい、後はずっとその4点を守っているゲームのようで・・・いやいやその後、何点か入りましたが、でもホームランはビートルズだけなのです。

 この『ビートルズ・フォ・セール』を聞くと、メンバーそれぞれが凄いロックンロール・フリークだったのが分かります。カヴァー曲が多いこのアルバムですが、皆、オリジナルをやっている時よりハマッている感じがします。特にジョン・レノン。“歌う”という行為だけについて言えば、彼の場合、絶対、自分の曲よりこうしたナンバーを歌っているほうが好きだったんでしょうね。(バディ・ホリーの『Words of love』なんて完コピだもんなあ。)まあ、それは後年のライブや名作『ロックンロール』で証明済みですが。

 このアルバム、『ロックンロール・ミュージック』が入っているので有名ですが、私が今、一番好きなナンバーは『Every little thing』です。リンゴのティンパニー、キマッテます。

              ☆ 

今夜の月はどうでしょうかね。これを書き終わったら妻と散歩に行こうと思います。近くに立ち飲み屋でもあればフラッと入ってしまいそうです。

 そうそう『ミスター・ムーンライト』でも歌いながらね。

 

 PS ブログ衣替えしました。前のやつもういい加減飽きましたので。サイドバーの知世ちゃん(知世さんか)のポッド・キャスターはおまけです。ま、秋ですし、枯葉掃きの後は知世ちゃんとブレンディってことで(笑)。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タラバガニな夜

Tarabagani  リーマン・ブラザース破綻による世界的金融不安、台風13号の接近、三笠フーズによる汚染米転売問題・・・・・などなどのニュースで沸く本日、仕事で北海道に行っていた弟からタラバガニが届きました。

 食事は食事でとった後、家族みんなでタラバガニ・タイム!カニを食べている時って、なんだか食事と言うよりシュールな工作の時間といった感じですよね。例によって皆、無言無言・・・・の作業です。

 カニを食べる時の本格的な道具など我が家には無いので、皆、思い思い勝手に色んな道具(はさみ、ナイフ、フォーク、割り箸、プッチンプリンのプラスチックスプーン、指、舌etc、etc)を使ってひたすら殻を割り、殻を剥き、エロチックなまでに初々しい新鮮な身に、獣のようにむしゃぶりついておりました。ムキムキ、ガツガツ、八つの目の中にぼーっと青白い炎が燃えているが如くで、お前等、日頃何も食わせてないみたいじゃないか!なーーんて主として、父として、情けないやらおもろいやら。

 食べ終わった後のテーブルは野蛮で淫らなほどの残骸の山。これって一体・・・・・情事の後の夜明けのベッド?・・・って感じ・・・・タラバガニな夜。あーいやらしい。でも美味かった。

 カニを食べている時ってなんだか野生を取り戻したかのようになりますね。原始時代、きっと人間はものを食う時、こんな風に一心不乱だったんじゃないかなと思います。お手軽に“アイ・オブ・ザ・タイガー”を取り戻した気分。

 弟君、ありがとう。それで、この殻で出汁を取り他に何か作ろうかと目下思案中の・・・・兄なのでしたあ。(今日のワンコ風)。。。。。。。。。満腹。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

セーフィコフィールドの“Cracker Jack”

Photo_2

  イチローを見るためシアトルに行くのでしばらく仕事を休んでいたYさんから、今日、おみやげに思いがけないものをいただきました。それが←の写真の「Cracker Jack」です。

このお菓子はシアトルマリナーズのホーム球場であるセーフィコフィールドの中で売られていた物らしく、中に何やらカードも入っているとのこと。それで帰宅後、息子にあげると狂気乱舞!!開けて食べるのをもったいながるほどで、今、親子揃って携帯で写真まで撮ったところです。まあ、ただのキャラメルをまぶしたポプコーンと言ってしまえばそれまでだけど、私達親子には一瞬、球場の歓声とカクテルライトの中、イチローが疾走するのが見えた気がしました。

 イチローは8年連続200本安打まであと4本。まるで野球を個人競技に変えてしまったような状態ですが、そう言われても仕方ないほどマリナーズは弱くて、イチローの心中はいかほどかと考えてしまいます。

 WBCの時、鬼気迫るほどに勝利への執念をむき出しにした彼を思い出すと、本当は自分が打って、そしてチームが勝利するのを誰よりも望んでいる男だと思うんですが。きっとワールド・シリーズにだって出たいだろうに、ヤンキースあたりに行けばいいのに・・・・と勝手に思ってしまいます。

 イチローは破格の金額でマリナーズと4年契約なので、それが切れた頃はもう37~8才くらいになってしまうのです。「彼は10月まで野球がしたいはずなのにマリナーズが弱いから9月で終わり・・・。」と嘆くYさん。

 強くなれ、マリナーズ!イチローに10月まで野球をやらせろ!オフの期間が長すぎて変なCMばかりに出てイチロー、段々演技が上手くなってきちゃったじゃないか。(古畑任三郎で演技力は証明済みだが・・。)

 ああ、イチローが現役のうちにホントにセーフィコフィールドでこれを食べたいな。~Take me out to the ball game~!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カレーへようこそ

20080406124629_2   で、北京オリンピック、メダルは何個取れたんだろう?インドは?えっ、何故インドかって?いいじゃありませんか、インドだって。ただ、ミーが今インド・カレーを食べたいだけなんザンス。

 今朝は私の大好きな雨の日曜日。朝から枕元にシトシト雨音が響いて、ああ、今日はゆっくり家の中で隠花植物のようにうじうじと過ごせるなーっと思ったら、突如、私の舌は香辛料の刺激と香ばしいナンの匂いに包まれていきなりインド・モードへ。不意打ちのような味覚のフラッシュバック。夏は暑くて食べたくとも汗をかきかきは嫌なので敬遠していたザンスが、涼しくなったとたんミーの中で何かが作動して脳内BGMもシタールの調べに。“カレーへようこそ~”っておへそを出した民族衣装のインド美人の歌まで聞こえてきて、それで、よっし!今日は絶対インド・カレーを食おうとココロに決めたザンス。

 調べるとなーーーんとインドは56年前の記録を更新し、史上初の3枚のメダル獲得で、国中湧きかえっているザンス!おーー!!おめでとう、インド!インドサイコー!インドーー!!!パチパチパチ(拍手)。

 特筆すべきは射撃・エアライフル10mで金メダルを獲得したアビナブ・ビンドーラ選手(25)。なんでも個人競技での金メダル獲得はインド史上初とのことで国中、喜びに湧きかえっているザンス。その後、彼の活躍に発奮したんでしょか、続いて男子レスリングのスシール・クマール選手とボクシングのヴィジェーンドラ・クマール選手の銅メダル獲得が決まり、今、国中が大歓喜の嵐に包まれているんでザンス。ホーリイ!ホーリイ!!パラパラパラ(紙吹雪)。

 むかしむかし、ジョン・レノンさんが言ってたんですが、インドでは神様がポップ・スターで、西洋ではポップ・スターが神様だそうです。なるほど数年前、火事で死んだミーの親友も、最後に会ったとき『今、インドにサイババ以上の聖者が現れたらしいので、一緒に会いに行こう』と、まるでロックスターか何かに会いに行く様な口調で言っていて、その何でもあり感がまたミーには愛しいメモリーザンス。

 写真のカレーはミーが大好きな東京都日野市、甲州街道沿いの『サンガム』のカレーザンス。以前は日野駅前にありました。数年前、ここで働いていたコックのメラさんは日本語も英語も出来なくて、カレーを注文すると、タンドリー・チキンやシシカバブーも出てきたりして、それで面白くて行くようになったザンス。良く厨房まで入っていってメニューを指差して「おおお?」「おおお!!」・・・なんてテレパシーで会話したザンス。その後、マハディーさんという人がいた頃までは覚えているんですが、最近はとんとご無沙汰。写真は前にワイフと行った時に撮ったものザンス。

ここはカレーは勿論ですが、ナンが美味いんザンス。目の前でぺたぺた・くるくる捏ねて形にして焼く所も見れるんで、余計に食欲をそそるザンス。

・・・・・と、今、ワイフに食べに行こうと声をかけたら、無下にに断られてしまいまして、キーーーー!!昼は息子が宿題の一環で親子丼を作るので教えてやって欲しいとのこと。まあ・・・・それなら、しょうがないザンスが。

 ところで、オリンピック、日本とかいう島国で野球とか言うスポーツが不甲斐なかったとのことで国民皆が怒っているそうザンスね。ストライクゾーンが違うとかなんとか、言い訳も見苦しくって、そんなの試合前から分かってたザンショ・・・・条件は他の国も一緒なんだから・・・・お国を背負っているのにねぇ・・・と昨日、腰の曲がったおばあちゃんが二人杖を突いて道端で話しているのを聞きました。

 ミーは怒ってないのかって?怒ってません。ミーはアビナブ・ビンドーラ選手が金メダル撮ったから良いザンス・・・・・(沈黙)

 キイーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

PS 3時のおやつってことで、あとで『サンガム』行ってこよっと・・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

切腹最中(もなか)

 20080104112819         

 四十七士の吉良邸討ち入りが1702(元禄15年)の12月14日なので、かなり時期を逸した感じがしますが、私は一年中、この忠臣蔵のことを意識せざる得ない環境で働いております。と言うのも現在、私がいる現場事務所は浅野内匠頭が切腹した田村右京太夫邸の跡にあるからです。

 浅野内匠頭が江戸城松の廊下で刃傷沙汰を起こしたのは、1701(元禄14年)の3月14日。その後、田村邸に預けられ、将軍綱吉の裁断によって即日切腹と相成ったわけですが、吉良上野介を討ち取れなかった無念を詠んだと言われる辞世の「風さそう花よりもなほ我はまた 春の名残をいかにとやせん」の句は余りにも有名です。

 さて、それはそうと事務所の私の机から窓の外を見ますに、目の前の新橋レンガ通りの向こうに一軒の和菓子屋さんが見えまして、お店の名前を『新正堂』と言います。このお店自体も少し前まではこの田村邸の跡に建っていて、現在の位置に移ったのはつい最近のこと。そして、このお店の名物こそが今日の本題の『切腹最中(もなか)』です。

 私が責任者を務める現場はこのお店がある道路沿いに数箇所に渡って展開しておりまして、それこそ私はこのお店の前を日に何度も行き来するわけですが、一度も店内に入ったことが無く、勿論、評判の最中(もなか)を食べたこともありませんでした。

 この切腹最中(もなか)はメトロ・ガイド100号記念「東京うまいもの大賞」で総数100点の中から見事大賞を受賞した逸品で、年末には店頭に行列ができることもしばしでありました。

 昨日、1月4日、私の会社は仕事初めでした。が、本格的に現場作業が始まるのは7日からで、私は半日、現場の安全パトロールをするだけの任務でした。新橋の街もまだ本格的に始動している感じではなく、本来の姿からすると閑散として、のんびりムードでした。それで、気持ちに余裕があったせいか、私は一年近くこの界隈で仕事して、昨日始めてこの『新生堂』さんに入り「切腹最中(最中)」を買い求めることにしまた。

  20080104154624_4                   

 私は本来、和菓子党ではありませんで、あんこ物を積極的に食べたい人間ではありません。で、沢山あっても食べきらんだろうと思い5個で千円のものを買いました。最中(もなか)は「切腹」という単語から連想されるように片側がわずかに開き、あんこが少しはみ出していますが、悲壮感はまるでなく、かえってユーモラスで可愛い感じです。

 帰宅後、私はお茶を入れ家族と共にこれを食しましたところ、これがなんとも言えずオイッスィー!!。あんこの甘みが程よくて食感もここち良く、これならもう少し食べられたなと、5個入りのものを買ったことを少し後悔しました。

 このお店にはこの他にも色々なあんこが選べる「生どら」や「出世の石段」「景気上昇最中(もなか)」などのヒット商品がありますが、初めての方はこの「切腹最中(もなか)」を是非。仕事の上で何か粗相をしでかした際、お詫びの一品として、なんて使い方?も良いかもしれません(笑)。

 都の環状2号線の建設や再開発によってどんどん風景が変りつつある昨今、あと何年かしたら浅野内匠頭の無念を世に伝える風物も、新橋の地においてはこの最中(もなか)だけになってしまうかもしれません・・ね。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋刀魚の日

 20070913200148          

 少し前のことになりますが実家から大量に秋刀魚が送られてきて、ここのところ毎日食べています。でもこの秋刀魚、日本人が食べるようになったのは江戸後期になってからのことで、元禄時代(1688~1704)の食材辞典にはまだ出ていないそうです。

 秋といっても今年は9月の後半になった今日もまだ30℃以上の気温があるので、全然実感がありません。先日亡くなった作詞家の阿久悠氏はその晩年、日本に四季が無くなってきたことを非常に憂いていたと言いますが、古(いにしえ)より日本の詩歌はこの四季に対する感受性によって成立してきたので、氏の憂いは至極まっとうなものだったと言えましょう。

 確かに十五夜の月を汗をかきかきうちわ片手に眺めるというのじゃ、季節感も何もあったものじゃない気がして、それだけで何か損した気になってしまいます。

 で、そんな状況の中でなんとか“秋”を演出しようというわけじゃないですが、我が家ではこの秋刀魚と栗ごはんの併せ技にしてみました(写真、なんか昭和初期の食卓のようです)。栗は皮が固いので剥くのが大変で、剥いた後も渋皮を取るのに難儀しましたが、その後一晩水につけて炊き込むと、とても美味しく出来上がりました。秋の味覚と言って秋刀魚と栗ご飯ってとってもべたですが、実際にやって見ると、実感に先がけてなるほど“秋”を味うことが出来ました。

 私は子供の頃、魚を食べるのが非常に上手だと定評があり、周囲の大人たちから良く褒められました。で、その頃から変らない私の魚の食べ方ですが、

   

  1 細長い魚の体形に沿って、中心に長く切れ目を入れる。

  2 箸で身を壊さないように開き、骨を露出させる。

  3 尾ひれの付け根を箸で押さえ、手で骨を取り除く。

    4 適度に醤油をかけ食す。ワタは小骨とともに一気に食す。

 

こうすると皿の上には文字通り骨しか残りません。(何も特別こと書いていませんネ。当たり前のことでスンマセン。)昔、この骨を、食べ終わったご飯茶碗に入れたお茶に浸して舐めて?いる人がいて、しばらく真似していたこともありますが、人によっては意地汚く見えるようで今はしていません。

 ここのところ妻に『今夜、何食べたい?』と聞かれる度、『秋刀魚!!』と答えていて、嫌がられていますが、私はふざけているつもりはなくいたって本気です。魚好きの私は毎日秋刀魚でも良く、秋刀魚で食事をした後、また秋刀魚を焼いて、それをつまみにビールを飲むといったことを数日来続けています。

 冷蔵庫の冷凍室にはまだまだたくさんの秋刀魚があります。

 我が家はしばらく『秋刀魚の日』が続きそうです。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ごめんねナポリタン

 20070806174049          

 初めての君の印象はというと、やっぱりあの赤いコスチュームだな。時代はバブルの真っ只中で、今思えば随分グロテスクな時代だったけど、それにしたってあんな頭のてっぺんから足のつま先まで赤ずくめのスタイルの女の子なんて、当時だってそう何処にでもうろうろしてるって訳じゃなかったから、話しかけられた時は随分とどぎまぎしたのを覚えてるよ。

 あの頃、流行っていた音楽と言ったら何だっけ。マドンナ?プリンス?マイケル・ジャクソン?悪いけど80年代の音楽って、僕は全然思い入れないんだよ。あの頃、同世代の友人達は皆、『時代遅れな野郎』って僕を馬鹿にしてたけど、僕がその頃夢中になって聞いていたのは50S~70S初期までのロックやジャズで、80Sの音楽なんてこっちから願い下げって感じだったから。

 でもこの間、何処かの店で飲んでいた時、店のスピーカーからシンディー・ローパーの『オール・スルー・ザ・ナイト』が流れて来てさ、それで急にあの頃に引き戻されるような感覚に陥った。別にシンディー・ローパーを当時熱心に聴いていたって訳でもないのに、不思議だね。音楽って、時に予想もしなかったような状況に人を引きずって行って、それで勝手に置き去りにして行っちまうから、ある意味いい迷惑だよ。

 で、その時、突然に、唐突に僕は君を思い出したんだよ。それが音楽の仕業なのか何なのかは良く分からないけど、とにかくじゃじゃ馬で、どうしようもなく自分勝手で、それでいて寂しがりやだったあの頃の君をね。

 ある日、君が女性ボーカリストの中じゃシンディー・ローパーが最高だなんて言うから、僕がむきになって君にジャニス・ジョプリンを教えたことがあったろう?丁度、彼女の伝記映画『ジャニス』が公開されたばかりでさ、吉祥寺のバウス・シアターでやっているから見に行けって、君に言ったのを覚えてる。で、その次に君に会った時、君はすっかりジャニスにいかれていて『コズミック・ブルースを歌う』と『パール』を持っていたから驚いたよ。まあ、君は相当に大人びてはいたけど、実際は僕より4つ年下で、それで僕の話について行こうとして随分背伸びしていたのかもしれないな。

 君がイタリアに留学することになって、その前に会おうと言うことになって、最後に行った国分寺のパスタ屋、覚えているかな?大学から帰る坂を下りて左に曲がると、道路を渡ってすぐの所にある店。今でもあるのかどうか知らないけど、僕は当時は定食屋か立ち食いそば屋みたいなところにしか行かなかったから、随分、洒落た店を選んだつもりだったんだぜ。

 今でも覚えているけど、その店で僕はぺペロン・チーノを、君はカルボナーラを頼んだんだ。つまらない事ほど僕は何故か良く覚えているんで嫌んなっちゃうんだけどさ。で、その時、本当は僕はナポリタンを食べたかったんだ。でもなんか格好つけちゃったんだよね。その頃、ナポリタンってなんかお子チャマな印象がしてさ、年下の君に子供っぽく思われるのがきっと嫌だったんだろうな。

 飛行場のエスカレーターに消えていく間際、君が僕になんて言ったか覚えてるかい?それについちゃ今でも相当恨んでいるんだけど、君はもう長い間会えないだろう僕に向かってマジな目つきで、

『Mさんは遊んでばっかりですね。』

 って言ったんだよ。君は否定するかもしれないけど君は確かにそう言って旅立たんだ。僕がどんなに落ち込んだか君は知らないだろうな。でも、今思うと、夢があって着実にそれに向かって進んで行く君に比べ、その日暮しみたいにしていた僕だったから、その落ち込みには嫉妬の感情が相当混じっていた。

 今日、久しぶりにナポリタンを自分で作って食べた。ペペロンチーノやカルボナーラの方が逆に喰い飽きてしまってね。で、出来はと言うと、お子チャマの食い物なんてとんでもない、白ワインをちょっと入れたせいか、中々、大人の味わいだった。

 君が遠い空の下からせっせと書いてくれた手紙に、僕はついに一度も返事を出さなかった。それでその後、僕も東京の街を転々としていたから、もうお互い連絡も取れなくなっちまった。

 あのパスタ屋で僕が素直に言えなかった言葉は実はもう一つある。でも、それはもう一生言う必要がなくなった。今となっちゃ言わなくて良かったって本気で思っているよ。

ただ、今日、自分が作ったスパゲッティに向かってこう言ってみたんだ。

『ごめんね、ナポリタン』ってね。

 PS 実は白状するけど、今、僕はジャニス・ジョプリンよりシンディー・ローパーの方が好きなんだよ。まあ、人は変わるってことさ。 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧