どら焼きの皮

Photo_3  ドリアン助川著の小説「あん」ではさくらの花びらの塩漬を皮に付したどら焼きが着想されていた。近年、豆大福を良く食べるようになり、衣の塩加減を意識するようになって、どら焼きに関してもそうしたものもありかと思っていた。衣とあん。皮とあん。いずれも二つが合わさって豆大福だったり、どら焼きだったりするのだが、別々に食べるなど考えたこともなかった。

 先日、仕事場でお茶の時間に“どら焼きの皮”なるものを差し入れに頂いて、少々面食らった。聞けば、府中青木屋の工場直売店で、アウトレットものとして売っているとのこと。正式な商品は店の銘品「日々是黒どら」なるどら焼きだが、そのアウトレット品、つまり失敗したものを安く販売しているのだとか。頂いたものは中に十枚・二つ一組で5品入って200円と激安。そして初めて食べる「皮だけ」はこれはこれで相当に美味であった。

 食後、「このどら焼きの皮、すごく美味しいですね」なる問いかけに「うん、今度はどら焼きのあんだけ食べていみたい・・」などと言ってしまい爆笑を誘ってしまったが、この会話には後日談があって、実際にその後、自分でこの直営店を訪ねたら、なんと、どら焼きの「あんだけ」も実際に商品として売っていた。「日々是黒どら」も正式なものは一個160円くらいだが、アウトレット品は3個で250円。買ったのはまた「皮」だけだが、今度はまじまじと食べたら、皮には良く見なければ分からない程、ほんのちょっと傷が付いているだけ。これでアウトテイクにしてしまうとは・・・職人魂恐るべし、だ。

「あん」だけでも売っていると知って「この皮にあのあんを付けて食べたら・・・」などと考えてしまったが、それなら普通のを買って喰えって話。ただこれは失敗品でも食べ方、見方、使い方を変えたら違う価値が出るという、これはそういう話。

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福幸ヴィレッジの丸茄子の漬物

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 毎月、山形県長井市の福幸ヴィレッジから野菜が届く。
 どれも新鮮な野菜で美味しいが、今月便には丸茄子と一緒に漬け汁が入っていた。これに茄子を漬けて常温で色が変わるまで待ち、その後は冷蔵庫で管理せよとのこと。早速、そのようにしたら美味。酒のつまみ、ご飯のお供に最適。田舎の味を東京で再現できるのは中々のアイディアだと思う。ひと手間あるのがいい。 この他に「湯上り娘」なるネーミングの枝豆(米の「つや姫」同様、何故、山形の食材の名は色っぽいのか?)も昨夜頂いたが、あっという間に食べてしまった。  
 
 現在、カナダに夏季留学中の娘と先日電話で話したら、和食がとても恋しいとのこと。何が一番食べたい?と聞くと「刺身こんにゃく」と言っていた。が、これも早く喰わせたい。この父は最近、料理の腕を上げて?特にサバの味噌煮は店に出せるほどだ、との妻のお墨付き。娘帰国に向けての”最高の和食”を目指すそのメニューにこれもエントリー。
 
 あとは味噌汁の具を何にするか。

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群林堂の豆大福を食べた。

Cai_0453 去年、秋、食べまくった港区高輪・松嶋屋の豆大福。今週前半、また三田で仕事があり、半年ぶりに件の大福を食すが、相変わらず美味なり。その後、週中からは文京区の御茶ノ水女子大学の現場に行ったが、H君のスマホ情報でここは東京三大豆大福の、松島屋に並ぶもう一つの雄『群林堂』の近くであることを知る。早速、昼休み買いに行き、試すが・・これが・・なかなか。

 Cai_0455_2松島屋のそれに比べ衣の餅が柔らかく絶妙な塩気、あんは甘さ控えめなものの松島屋のよりは甘い。そして豆の風味が強く、その一体感たるや宇宙だ。松島屋から共に豆大福フリークになったH君ともども「オレはやはり松島屋派だな。。。」と言ってはみたものの、それはどちらを先に食べたかというだけの問題だろう。芸術的に美味い。長蛇の列で昼休み中に買って戻れるだろうか?と不安になったが粘ってよかった。

 女子大の中に入るのは貴重な経験だと思い、やや緊張していたが、実際は春休みなのであまり学生はいなくて閑散としていた。コーラスのサークルのような人達が来ていて青空にきれいな歌声が響いていた。

 写真はキャンパス内の白モクレン。段々、春めいてきた。

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 桜も咲いて...いたがまだ三分咲きくらいで来週が見時だろう。

 三大豆大福の最後は渋谷区神宮前「瑞穂」。わざわざそのために出かけるようなことはしたくない。いつか食べる機会が来るまで静かに待っていよう。

来週からまた地元。

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3・11から四年目~味世屋のラーメン

Cai_0435_2 昨日、久しぶりにいわきに帰省した。墓参りがてらに出かけたのだが、目的はもう一つあってそれは『味世屋』のラーメンを食べること。

 
http://mps.fukushima-nct.ac.jp/iwakipedia/index.php/%E5%91%B3%E4%B8%96%E5%B1%8B%E9%A3%9F%E5%A0%82

 2011年の正月、行ったら満員で、帰ろうとすると、なんと家の居間に通してくれてそこの炬燵で食べさせてもらい家族皆で感激したものだった。震災直後、小名浜の津波の被害を伝える動画をYouTubeで見るにつけ「あのラーメン屋さん、どうなったのだろう?」と家族でハラハラしていたが、少しして再開されたこを知りいつか必ず食べに行きたいと思っていた。
 
 言わずもがなだが店舗は新しくなっていて、この間、何があったのかは推して知るべし。ただ肝心のラーメンは以前のままで凄く美味しかった。帰り際「四年前に来て以来です。東京から来ました。」というと「来たらまた寄って下さい。」と言われた。あの地震と津波でもこのラーメンはなくならかった。いわきの復興の事情には複雑な気持ちもあるが、このラーメンは素直に嬉しかった。また行こう。明後日は3・11から四年目。

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大福日和

Cai_0373  ここのところ毎日大福を食べている。食べているのは港区高輪の伊皿子交差点付近にある「松島屋」の大福。

 先月末、新しい現場が始まった初日、なんとなく周囲を散策していたら、旧高松宮邸がすぐそばなのに昔ながらの庶民的な感じの店構えの和菓子屋を見つけた。感心していると、良く知る人がここの豆大福は朝注文しておかないと昼には売り切れる、と教えてくれた。何でも「東京三大豆大福」!の一つとかで、かの昭和天皇も愛した逸品だとか。

http://mcha.jp/1716

昼休み、早速、行ってみるとあっさり買えたが、ぼくの少し後に行った人は買えなかった。

 豆大福他、きび大福、草大福も食したが、ぼくもやはり豆大福が好き。衣の塩加減、漉し餡の食感、豆のまめまめしさが際立って、それらが口中で絶妙のパスワークを決める。美味い美味い、と連呼していたら、いつしか現場の皆で食べるようになって、近頃では大福にとどまらず、水ようかん、みたらし団子、豆餅・・と、昼食を和菓子で過ごすのがブームのようになってきて、さすがに今日辺りから「少し控えねば・・」なる声が出始まったところ。

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 近年、浅野匠頭自刃の地、瑤泉院の幽居先、と、忠臣蔵ゆかりの場所を掘る機会に何故か恵まれてきたが、今回は肥後細川藩中屋敷跡地内。赤穂浪士四十七人の内、大石内蔵助以下十七人が切腹した所。「松島屋」前の伊皿子坂を下りると四十七士のお墓がある泉岳寺がある。

 「大福」の語源は一説には「太腹餅」に由来するとかで、腹持ちが良いという意味であるとか。発掘は肉体労働なのでお昼にお弁当を食べても夕方にはお腹が空くのが常なのだが、これを昼に一つ食べておくと確かに腹持ちがいい。ネーミングの由来通り。現場は実働50日。その間、大福を何個喰うだろうか。今、腹を切ったら餡子が出てくる。 

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炊飯器に卵

 炊飯器でご飯を炊く時、卵を入れておくとゆで卵を作る手間が省ける、ジャガリコのカップに熱湯を1/3ほど入れ溶かし、マヨネーズで和えるとポテトサラダになる、カップヌードルを食べた後の残りのスープに卵を溶いて、別の容器に入れ替えレンジで3分チンすると美味しい茶碗蒸しになる・・・というようなことを今日現場で皆に教えてあげたら意外なほどに喜ばれた。貧乏暇なしの人の技だけど・・美味しいよ、ぼくは全部自分で実証済み。

 因みにカップヌードルはシーフード味(具を微妙に残す)、または緑のタヌキの汁でやると特に美味しい、ということは言い忘れた。

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http://www.amazon.co.jp/%E3%81%B2%E3%81%A8%E6%9C%889000%E5%86%86%E3%81%AE%E5%BF%AB%E9%81%A9%E9%A3%9F%E7%94%9F%E6%B4%BB-%E9%AD%9A%E6%9F%84-%E4%BB%81%E4%B9%8B%E5%8A%A9/dp/4870312778 

上の本は以前持っていたのだけど誰かに貸してそのままになってしまった。炊飯器でゆで卵の裏技はこの本で読んで知った。

 ↓は著者のインタヴュー

 http://www.ecopure.info/special/2008/002/

 ジャガリコは娘に、カップヌードルスープの茶碗蒸しは吉高由里子から(TVで)聞いた。

 またジャガリコの代わりにジャガビーでやってもポテトサラダにはならない。

 これもぼくは実証済みだ。

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浪江焼きそば・馬九行久(うまくいく) 

Cai_0272_4  ご当地グルメの起源を調べると面白い。発案者の目論見や物語は長い年月のうちに忘れ去られても、土地土地で愛され、人々の舌に記憶され続けている様は、まるで詠み人知らずの歌のようでもある。何故、この場所でこの料理がこうなのか。

 四連休の初日、今日、京橋で映画を見た後、八重洲口の福島県のアンテナショップに行って、「浪江焼きそば」を買ってきた。

 http://www.bulldog.co.jp/gotochi/namieyakisoba/

 去年、ご当地グルメを競う番組でグランプリになったとかで、帰省した際に麺だけをもらったがどういうものなのか分からず、家でいつもやるようなやり方で普通の焼きそばにして食べてしまった。本当はどんなものだろうかとずっと思っていた。

 ネットで調べるとこの浪江焼きそばは昭和30年頃、居酒屋「浪江名物・元祖焼きそば 縄のれん」なる店が提供し始めたのが最初とか。第一次産業に従事する労働者に「安く」、「旨く」、「腹持ちのよい」ものを、と考案されたとある。50年近い歴史があるのに何故か近隣には広がらず浪江町の中だけで局地的に愛され続けてきたと言う。

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平成20年頃からこの焼きそばで町おこしをしようと浪江商工会議所青年部からなる“浪江焼麺太国”が結成されたが、その活動は今、別の意味を持つことになってしまった。以下、商品パンフから引用。

 「平成23年3月11日の東日本大震災、その後の福島第一原発事故により、約2万1000人の全町民が全国各地に散らばり避難生活を余儀なくされている。そのような中、浪江焼麺太国は約1ヶ月後の4月下旬には活動を再開した。目標をまちおこしから「町民の心の復興」に変え、全国各地を回り、町民らに焼きそばを提供してきました。~中略~現在は震災や原発事故、避難の現状を風化させないための写真展示、講演など情報発信も併せて行っています。」 とある。

 局地的に愛されていたものが全国区になるには、そこでまた一つのキッカケがあると思うが、長い将来、この浪江焼きそばが日本中で普通に食べられるものになっても、その広がった理由は“詠み人知らず”にしてはいけないと思う。

 で、どんな焼きそばかというと、その特徴は極太麺に濃厚ソースが絡んだもので、大量のもやしと豚肉を基本としたもの。もやしが多い方がシャキシャキした食感で美味しい。作り方の説明は意外とラフなのにもやしの量は指定してある。やはりもやしがキーだ。

 中央写真は大堀相馬焼きの皿。浪江焼麺太国に正式に検麺(認定)された店ではこの皿で供されるのが正式なのだとか。馬が九匹。この絵柄は“馬九行久”と書いて“うまくいく”と読む。

 縁起の良いものらしい。  

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ふきのとうは花粉症に効くか? 

Photo今回の短い山形滞在の間に興味深い話を幾つか聞いた。その中の一つが「ふきのとうが花粉症に効く」というもの。

 本当か。ぼくは花粉症ではないのでついぞ分からないが、双子の弟はひどい花粉症。同じDNAを継いでいると思われる個体同士で何故そのような差が出たのかは分からないが、聞くところによると毎年、薬を注射したり服用していたのが今年はふきのとうを齧っていると楽でその必要が無かったとのこと。

 ただ持続性は無くて、齧るそばから解消されるような目のかゆみが、しばらくするとまたぶり返してきて、また齧らなければならないという繰り返しらしい。はたから見ているとこれは何かのアディクト、ジャンキーになったかのような状態で想像すると可笑しい。ポケットにふきのとうを忍ばせていて、引っ切り無しにかじかじしている挙動不審者がいても・・・ご安心を。その人はただの花粉症です。

 ぼくと弟の個体差はきっとぼくがもう25年以上屋外で働く労働者だというところに起因しているのだとずっと思っていた。弟は今でこそ農業をしているが、それ以前は学習塾の講師をしていて、ほぼ屋内にこもりきり、おまけに随分不規則な生活をしていたと記憶する。だから、その生活習慣の違いやら何やらが原因と考えていたが、今回、その辺りの事を話していたら、なんと弟は幼少の頃から花粉症だったことが発覚。知らなかった。当時はアレルギー性鼻炎という呼び方でくくられていたが症状は今と同じでつまりは花粉症。そう言えば、何か強そうな薬をいつも飲んでいたような・・・なんだか自分だけが元々野蛮人だったような気になってくる。

Photo_2  話の流れで花粉症にならない人という事でお腹に回虫を飼っている人、という話も出たが、これは聞いたことがある。原因は分からないが本当らしい。ぼくのお腹には回虫がいるのか?またお腹に回虫を飼うというのはダイエットにも良いらしくて、オペラ歌手のマリア・カラスは故意に回虫を飼って、2ヶ月で50kg減量したとのこと。マリアのあのスレンダーなプロポーション。やはりぼくは回虫持ちではない・・・と思う。

 話は戻ってふきのとうだが、山形滞在中、ふきのとう味噌を作って持ってきてくれた人がいて昼食時に食べた。美味しかった。

で、その花粉症対策についての効果を調べてみると、ふきのとうに含まれる特有のにがみ成分フキノトール酸が血中のヒスタミンを減らす働きがあるとかで事実らしい。できれば自分の体で試してみたいが、残念?ながらぼくはできない。

どなたか試した後、感想の程を。

 ちなみにマリア・カラスが花粉症だったかどうかは、知らない。 

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うなぎの話

Photo  先日見に行った歌舞伎『東海道四谷怪談』の三幕目・本所砂村隠亡掘の場での直助権兵衛は“うなぎ取り”だった。あんなでも商売が成り立つのだがら当時はさぞ天然のうなぎがそこかしこにいたのだろう。しかし、一度に大量に取れるものでもないと思うので、当時もやはり貴重な食材だったろう。

 そこのところが気になって調べると、江戸の頃、隅田川、神田川、深川などで上物のうなぎがたくさん取れたらしい。なあんだ。しかし、江戸も初めの頃はうなぎは下賎な食べ物で、がまのほ状に串に刺したものを焼いて味噌を付けて食い「まずくて仕方のないもの」だったとか。当時の金で一串16文、1文=20円として320円ほど。そばが一杯16文だったから、つまりはその程度の食べ物だった。

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 これが天明年間(1781~1789)に醤油、味醂、砂糖等の調味料が発達し、現在の蒲焼のようなスタイルが確立すると、一皿200文(4000~5000円)とたちまち高価なものになる。翻って「忠臣蔵」の外伝的要素が濃い「四谷怪談」の舞台は言わずもがなその約80年ほど前の元禄期。つまり直助権兵衛は下賎な食い物の下賎な食材を取るのを生業にしているということになり、それを知ると彼がどんな悪党なのか、さらに主人公の右衛門がどんなところにまで身を落としたのか分かるようで場に凄みが増す。彼らの「悪」のしぶとさとうなぎの生命力が重なって、まさに「首が飛んでも、動いてみせらぁ」なのだ。

 古典の中の「うなぎ」と言えばもう一つ、落語の『鰻の幇間(たいこ)』があるが、こちらは明治期の噺なので、さすがにもううなぎは芸人(実は詐欺師)と幇間(たいこもち)が酒の肴に喰う粋な食べ物ということになっている。芸人に食い逃げされ、店に置き去られた幇間はその後、半ばやけ気味に、一緒に出す新香や部屋の掛け軸、また酒器についても「こっちは伊万里でこっちが九谷・・・」と、薀蓄を垂れながら文句を言うから、本来ならこうあるべき、といったものがすでにこの時代には出来上がっていたことが分かる。

 少し話題は古いが今週の月曜日22日の土用の丑の日はうなぎを食べなかった。私が住む日野市のある地域には昔、多摩川の堤防が大雨で切れ掛かった時、大量のうなぎがやってきて身を挺して守ってくれたという伝承からうなぎを食べないとする地域があるが、

 http://ehon.hinoshuku.com/archives/page08/post-16.php

もちろんそんな理由じゃなくて、ただ高いから。それとちゃんと薬を飲まない私は例によってまた通風気味で食を控えていたということもある。しかし、思うに私が子供の頃はうなぎなんぞは年に何度か、それこそ大事な客が来た時とか祝い事とかの日に、ありがたがって、かしこまって食べていたもので(寿司もそう)、こうした手に届かない感じの方が個人的には本来の姿という気がする。

 因みに以前、土用にうなぎを食べないとする地区の古老に「じゃ、何を食べるのですか?」と聞くと、その人は「ようするに夏バテしないように精のつくものを食べりゃいいって考えれば、やはり肉。」と言っていた。その他、全国色々で、「う」の付く食べ物ということで、馬(うま)肉、牛(うし)肉、うどん、うめぼし等の例がある。

 芝居や映画に小道具として食べ物が重要な意味を持つ場合があるが、このうなぎのように描かれている時代によって意味する「格」が違う場合があるだろう。また古典においては何を意味しているのか現在では感知できないものもいっぱいあるだろう。今まであまり考えなかったが作者はそうした細かいディティールまで気を使っている筈で、それを考えるのも面白い。

 この7月は早々ととんでもなく暑くなり、仕事もいそがしくて首がついていても動けなくなる日が多かった。暑さは少し落ち着いたが、夏はまだまだ続く。

 二の丑の日の8月3日には何を食べようか。(写真は嘉永5年(1852)の江戸前大蒲焼 番付表。幕末の頃、江戸には221件の鰻屋があったとか。)

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ひょう=スベリヒユのおひたし

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  以前、「県民SHOW」とか言う番組を見ていたら山形県人は雑草を食べるというのをやっていた。見ると確かに子供の時から草むしりを言いつけられる度、どれほど抜いて捨ててきたかも分からぬ程の見慣れた草であり、それを食べると聞いてちょっと驚いたことを覚えている。地方の伝統料理なので卑下するつもりはないが、しかし、自分で採って食べようという気にはさらさらならなかった。

Photo_4   だが、最近、弟家族が山形に移り、弟が農業に携わるようになって、逐一育てている農作物の成長具合やその取れたての野菜の美味さをブログやFaceBookで伝えてくれており、その中にこの雑草の食後の感想があって、俄然、興味が再燃してしまっていた。

 その雑草?は山形では「ひょう」と言う。正式な名称はスベリヒユと言って、ハーブとしても様々な薬効があるばかりでなく、食べてもビタミンや鉄分等のミネラルを豊富に含んだもので強壮作用もあるらしい。高脂血症にも効果があるとか。調べると中国ではこれを普通に餃子にして食べたりするとある。

 今朝、助っ人で行った現場にこの「ひょう」=「スベリヒユ」が大量に生えているのを発見し、ついに収穫(と言うのかこの場合?)することにした。そして、家から近い現場だったので昼休みおひたしにして早速食べてみた。

Photo_5  皿に盛られたそれは一見、長年の雑草というイメージのそれがただ煮られ水で冷やされただけのものだったが、ネットなどにあるように辛子醤油にあえて、口に放り込むと・・・・あれ??不味くない・・・っていうか、良い食感・・・しゃきしゃきして・・・あれー、もしかしてこれって美味いのかー、となって一気に食べてしまった。

 で、かなり多く採ったので夜もまたおひたしにして、今度はニンニク醤油につけて今食べたところ。ビールに合う。きっと、さまざまな調理方法があるはずで、今度、調べて試してみようと思う。

 http://pub.ne.jp/kayusou/?entry_id=2320901

 我がブログの食べ物に関する記事は今までも納豆焼きとか冬瓜とか、そんなのばかりだったが、ついに雑草・・と言うなかれ。ひょう=スベリヒユは素晴らしい食材ですぞ。

 最近、年とともに夏の現場がこたえるようになってきた。が、今年はひょう=スベリヒユで乗り切ってやる。

 もし、草むしりをしている私をどこかで見かけたら、お間違いなく。それは収穫作業です。

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