ドラマ「奇皇后」を全部見た。

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 現在、NHK・BSで放送中の韓流ドラマ「奇皇后」を全部見た。たまたま第24話をテレビで見て興味を覚え、ネットの動画サイトで第1話を見たらハマってしまった。

 テレビ放送中の巻に追いつければと思って見始めたが、気が付くと時すでに遅く中毒状態に。「この続きどうなるのだろう・・・」の連続で、結局、全話見てしまった。全51話。疲れたが、見終わってしまって今はなんだか寂しいくらい。

 14世紀、高麗が元に支配されていた時代。貢女(コンニョ)の身分から皇后に上り詰めた実在の女性の話。物語はフィクションだが、大陸と地続きだとこんな物語が可能なのかと舌を巻いた。

 何せ長いので途中、繋がりが不自然だったり、二転三転する登場人物たちの立場に感情移入し辛いところもあったが、それでも見せてしまうのはそれぞれの役者の演技が良いからだろう。特に主人公スンニャン=ヤン・イを演じるハ・ジウォン。キレのあるアクション、ラブロマンス、カリスマ性・・・だいたい韓流ドラマを見るときは日本版でリメイクしたらこの役はだれそれ、と想像しながら見るのが常なのだが、この役だけは誰も思いつかなかった。凄い女優さん。

 また特筆すべきは数々の悪役たち。ヨンチョル、タンギセ、タナシルリ、ヨム・ビョンス・・・・目抜き舌抜き、毒殺、絞殺、焼印、鞭打ち・・・・拷問何でもアリの、彼らはもう本当に身の毛もよだつほどの悪人だが、彼らの策略に立ち向かうスンニャンの知略・機略が闘いを増すごとに彼らと同等の謀略、陰謀に育っていくさまが怖かった。これは凡百ある勧善懲悪の話ではない。そして、この悪人たちがそれぞれ物語から退場する時のセリフが意外にも物語に深みを与えていた。

 女性ならタファン(元の皇太子、後の皇帝)とワン・ユ(高麗の世子、後の王)のどちらがタイプかなどの話にもなるだろうが、ネットを様々覗くと案外ペガン将軍の甥で軍師のタルタルが人気のようだ。後にスンニャン=ヤン・イの影の師匠となるタルタル。なるほど男臭い戦場で彼だけ少女漫画の王子様風。テレビの吹き替えで見ている方には、是非一度、韓国語・日本語字幕で見ることをお勧めする。タルタルは顔に似合わず低音のイイ声で、魅力倍増することが請け合いです。

 NHK大河のほぼ一年分の量を、短期間で、言わばずっと韓国語のスピードラーニング状態だったので、そろそろ何か話始めてしまえそうな気すらしているが、覚えた言葉は「ペーハー!(陛下!)」だけ。ただ韓国語と日本語に同じ(似ている?)単語、語彙があることに気づいて個人的にはそれも面白かった。

 이 드라마 재밌어요 い どぅらま ちぇみっそよ~。

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NHK・BS 名盤ドキュメント はっぴいえんど「風街ろまん」’を見た。

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 昨夜NHK・BSで“日本語ロックの金字塔はどう生まれたのか?~名盤ドキュメント はっぴいえんど「風街ろまん”を見た。昨日、12月30日は去年亡くなった大瀧詠一の命日。

 このシリーズは今までも井上陽水の「氷の世界」、佐野元春の「Visiters」と見てきたが、はっぴいえんどの「風街ろまん」は僕の世代は完全に後追い。誰もがYMOや「LONG VACATION」から遡って聞いた筈だから最初から名盤と誉れ高くて、皆、居住まいを正して聞いたようなところがある、と思う。だからかえってはっぴいえんどは懐かしさとかじゃなく、いつもリアルタイムな音楽という感じがしている。ぼくの後の世代はもっとそうだろう。映画「ロスト・イン・トランスレーション」を見ている娘は自然に「風をあつめて」が好きだ言っていた。

 http://youtu.be/k2SPeEeCj3I

 バッファロー・スプリングフィールドとモヴィ・グレイプとジェイムス・テイラーなどが引き合いに出されていたが当時それらを熱心に聞いていた人ってどのくらいいたのだろうか。「ぼくらは実験していたのだ。」とは細野晴臣談。「風をあつめて」の誕生秘話が番組の大半を占めていたが、個人的には鈴木茂が初めて作り、歌った「花いちもんめ」のエピソードが面白かった。

  右手の煙突は黄色い煙を吐き 
  左手の煙突は赤い煙を吐く 
  みんな妙に怒りっぽいみたい

 という詩は、録音後半、段々と仲が悪くなってきた細野と大滝を表現しているとのこと。僕は昔、この歌詞を深読みしたような解説を雑誌で読んで、ここは当時の学生運動のことを示唆しているとかなんとか、そんな風に思っていたので、なんだか肩すかしを食らった感じがして、可笑しかった。

 
 僕が「風街ろまん」を聞いた時にはすでにサザンオールスターズや佐野元春が出てきた後なので、日本語でロック、という点での驚きは特に無かったが、番組の中でも紹介されていた通り、発売当時はその是非について論争があったという。当時批判した人達は番組の最後に世界の人が日本語で「風をあつめて」を歌うのを見てどう思うのだろうか。

 中でタイの若者か‘アオゾラヲカケタインデスウー’と歌うのを見て、不意に目の前にタイの青空が広がった。「風街」って60~70年代の失われた東京の風景の事だと思っていたら、もう世界中にあるんだな。「風をあつめて」のメロディーが意外にエスニックな響きを持つことに気付きちょっと驚く。まあ、聞くたびに新しい発見があるのが名曲、名盤の所以だろう。

 写真は発売当時の内ジャケット。松本隆はこのアルバムジャケットにどうしても路面電車のイメージを使いたがった却下され、例の四人のポートレートになったという。僕が買った再発ものは見開きジャケットじゃなかったので内ジャケのこの絵を知らなかった。後追いの悲しさかな。

 電車には「新橋」とある。あの辺、こんなだったのか。
  

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鬼平犯科帳(71)~鬼の世襲

Km13794l  最近、夜、ウィスキーをチビチビやりながらBSで古い「鬼平犯科帳」(71)を見るのを楽しみにしている。鬼平は八代目松本幸四郎。二代目中村吉衛門の実父。そしてこのシリーズでその後の鬼平、我らが吉衛門はまだその息子の辰蔵を演じている。そうか、「鬼平」は世襲だったのか。知らなかった。
 先日見た巻では吉衛門=辰蔵は茶屋の娘に懸想して、その事が事件解決のキッカケとなるのだが、最後に父・幸四郎=平蔵に剣道の稽古にかこつけてぶっ叩かれていた。後のあの重厚な鬼平ぶりとの落差が面白かった。

 引き続きまだ江戸遺跡を掘っているが、仕事で次の現場を言い渡される時、そこが都心だと、会社にある「江戸東京重ね地図」なるCDをいつも見る。

 http://www.cd-v.net/rakugo/shoping/maker/app/edo/main.html

 このCD、現代の地図と安政三年の古地図が重なっていて、バーをスクロールしていくと現代の場所が江戸の頃、どういう場所だったかが分かるようになっている。おまけに「鬼平犯科帳」の様々な場面が現在のどの辺りかが分かるようにもなっていて洒落が効いている。

 今の現場は港区の魚藍坂のそばにあって「鬼平犯科帳」では九帖「泥亀(すっぽん)」にこの坂が出てくる。坂にある魚藍観音堂境内に茶屋を出している元盗賊の泥亀の七蔵が、昔の頭に恩返ししようとする話。痔持ちの七蔵はこの坂を上るのに難儀するが、痔持ちでなくてもこの坂上りきると少々、息が切れる。

 現場は肥後細川藩中屋敷跡地内で、また坂を上りきって今度は伊皿子坂を降りていくと泉岳寺があるので、この地で江戸時代というとすぐ忠臣蔵を思い浮かべるが、赤穂事件が起きたのは元禄15年(1703年)で実在の鬼平・長谷川平蔵が生きたのは延亨三年から寛政七年(1746~1795)というからその差は約50~100年程ある。それで実際にあった事件とフィクションの世界を比べるのはへんだと思いつつ、出土する遺物を見て、昨日ふと内蔵助と平蔵のどちらの時代に近いかと考えてしまった。

 古い「鬼平犯科帳」(71)は良いのだけれど一つだけ譲れないのはこのエンディング。これだけは自分が見ていたシリーズのものが脳内に定着していて、古いシリーズを見た後も“エア”で流れてしまう。現場は昨日でようやく半分終わった。あと半分。 

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南部坂雪の別れ~討ち入り前日

Photo  古墳があり、また江戸時代、元禄の頃は赤穂事件の浅野匠頭の未亡人・瑤泉院の幽居先だったとされる場所を先月末から掘っている。と、ここまで聞いて都内の何処かをすぐに言い当てられる人は東京ガイド検定(という資格があるらしい)1級でも持っている人だろう。

 忠臣蔵にゆかりの地とは季節的にもタイムリーだと思い、それなりに面白みを感じて仕事しているが、なにしろ人手不足と工期が短いのとで四苦八苦していた。週末も何やかんやと仕事になって、おかげで久しぶりに腰痛、頚椎症に悩まされている。現場はここにきてようやく軌道に乗ってきた感じだ。

 瑤泉院というと歌舞伎の演目では真山青果の「南部坂・雪の別れ」を思い出す。元は浪曲からきた話。これはあだ討ち前夜、瑤泉院の元にその決行の意を伝えに行く大石内蔵助が、しかし、邸内に吉良方の間者がいることに気付き、真意を言い出せずままに彼女に叱責されるという話。旅日記と渡されたものが実は四十七士の血判状であることを知って、後に瑤泉院は自らの思慮のなさを悔やむこととなる。

 少し余裕が出来てきたせいか、この五日が一周忌だった故十八代目勘三郎の内蔵助を見たいと思い、昔、NHK大河でやっていた「元禄繚乱」をレンタルしようと考えた。が、調べるとこのドラマ、VHSでは総集編が全四巻で商品化されていたものの、DVD化はされておらず、今、見ることができない。ちなみにこの時の瑤泉院は宮沢りえ。また将軍綱吉をショーケンが怪演していた。見れないとなって結局、このドラマの原作、船橋聖一の「新・忠臣蔵」を読み始めてしまったが、なにせ全八巻もある。この分では年末年始はずっと忠臣蔵になってしまいそうだ。

 忠臣蔵には密かに縁があって、6年前、初めて新橋で大きな仕事をまかされた時の現場事務所は、事件後、浅野匠頭の身柄お預かりの場、切腹の場となった田村右京太夫邸の跡だった。目の前は事件に材を得た「切腹最中」で有名な和菓子屋があった。私が生前の母と電話で最後に交わした会話も実はこの最中についてだった。

 http://penguin-pete.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_5f84.html

 「南部坂 雪の別れ」は討ち入りの前日ということだから12月13日ということになる。つまり今日。雪は降っていないがここ数日グッと冷え込んできて、毎朝、早起きなのが辛い。都心通いの数年前までは当たり前の生活だったが、あれは長い時間をかけて培われたもので、今回のような短期決戦だと身体が慣れる前に終わってしまいそうだ。身体をどう気遣って良いか分からず、アルコールは止めて青汁なんぞを飲み始めた。

 工期は年内。明日、討ち入りの日も仕事。バイトの皆さん来て下さいね。合言葉は「山」「川」で。

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あまロス

Photo_7  今日初めて新しい朝ドラ「ごちそうさん」を見たが、私はやはりまだ“あまロス”。あまちゃんロス症候群。

 「あまちゃん」についてはもう色んなところで散々言われているので特に付け加えることもないのだけれど、私が個人的に何が画期的と思ったかというと、それは朝から全編を通して全開の東北弁が聞けたこと。

“ふるさとの訛りなつかし朝ドラの「あまちゃん」の中にそを聞きにいく”

 初回か2回目だったか忘れたが、東北人の宮藤官九郎(宮城県)の自虐ネタなのか画面に字幕が付いていて笑った。ドラマの中に「ずっと東北弁で通して良いのはあき竹城さんだけよ!」というのも確かあって、それも笑った。東京編はさすがにそうでもなかったが、それでも主人公のアキはずっとズーズー弁で通していた。嬉しかった。

 方言については関西の人が惚れ惚れするほど堂々としているのに比べ、東北弁はやはり昔からコンプレックスの種でしかなかった。昔、実家で浪人中、一足先に東京に出て行った友人達は、あー言ったら笑われた、とか、こー言ったら恥をかいたと、いちいち電話をかけてきて、小学生の頃、千葉の標準語圏内から福島に越して、散々「気取ってる」「カッコつけてる」と逆にからかわれていた私は、やっと気づいたか!と、いつも笑ってやっていた。

 しかし、数年後、東北出身の出稼ぎ労働者の飯場に暮らしていた時、その息苦しいまでのコンプレックスは見ていて滑稽を通り越し、強烈に悲しかった。

Photo_5_2  東北出身以外の人は“東北弁”って、どれも同じに聞こえるのかもしれないが、ドラマの中でほとんどの人が北三陸のことばで話しているのに一人ばりばりの“いわき弁”で話している人がいて、それが潜水土木課の先生“いっそー”。

 私はすぐに分かった。役名も「磯野心平」で、それプラス会話の端々に“何々してケローッ”と言うのは我がいわき出身の蛙の詩人草野心平をネタにしているのは明らかだ。このドラマはそんなところにも小ネタが効いていた。演じた皆川猿時がいわき出身ということでそうしたのかと思うが、他県の人が信じようが信じまいが、いわきには実際にああいう“いっそー”のようなキャラの人が多い。

 最終回、私は娘とオープニングナンバーが流れる中、お座敷列車が北三陸の海沿いを走る様を空撮して終わるだろうと、ちょっと予想を立てていたが、実際はアキがいつも一人で防波堤を駆けていくところを、ユイと二人で走っていくのを空撮するエンディングだった。予想を超えていた。暗いトンネルを二人の少女がペンライトを持ってはしゃいで走るり抜けるシーンも良かった。

 東京にいると方言で喋れない。ちょっとやってみてと時々言われたりすることがあるが出来ない。恥ずかしいとか言うのじゃなく、本当に出てこないのだ。しかし、このドラマの放送期間中、私は家ではずっと東北弁で喋っていた。杏は嫌いではないが「ごちそうさん」だとそうはいかない。それが淋しい。

 とにかく初回から欠かさず全部見た朝ドラは初めて。それで“あまロス”。

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TED~すごいプレゼン

 Ted あなたはTEDをご存知だろうか。

 これはTechnology Entertainment Designの略で、今、ネットで調べると詳しく出ているが、平たく言うと、世界の様々な分野の人々が年1回、自らの主張をプレゼン形式で行う講座のこと。1984年からカリフォルニア州モントレーで始まり、小さな規模だったものが現在では毎年2000人近い聴衆を集めるものになったとか。

 出演者は政治家、作家、医療器具開発者、音楽家、デザイナーなど様々。過去にはU2のボーノやビル・クリントンなども出演しているが、大事なのは無名の人々も多数参加しているということ。共通しているのは世界をほんの少しでも今より良い場所にしよとする意思とユーモアに溢れているということだ。

 このTedは過去のプレゼンをネット上で公開し、世界の様々な言語の字幕サービスをつけて配信している。TEDのページに行けばあなたも興味ある人のプレゼンをすぐに見れる筈。

   http://www.ted.com/translate/languages/ja

 昨日、娘とたまたまテレビを見ていて、このTEDで行われた過去のプレゼンを傑作選のような形で一挙放送しているのを見つけ、思いがけず見入ってしまった。そう、この春からこのTEDのプレゼンを使った英語教育の番組がNHKで放送されていて、昨日はそのスペシャルみたいな番組だったのだろう。知らなかった。

  http://tedxtokyo.com/blog/nhk-ted-super-presentation/

 

 私が見たのは統計学者、器具開発者、デザイナーなどなどの話だが、特に半身不随になり絵が描けなくなったデザイナーのために、目の視線の動きだけで壁に光で絵を投影できる眼鏡を開発した人の話が素晴らしかった。デザイナーが寝たきりになっている病院のベッドの外には遠くに白い壁の建物があり、開発チームのメンバーが見守る中、夜の壁に体が動かせないデザイナーの7年ぶりの絵が浮かび上がる。写真を交えたそのプレゼンはまるで映画を見るようだった。

 Appleの創始者で今は亡きスティーブ・ジョブスもプレゼンの天才と言われた。思うに彼にとってはプレゼンもデザインという行為の一つだったのだろう、と思う。次の世界をどのようにデザインしそれをどう人々に届けるのか。

 昨日、見ていて羨ましかったのは、西洋には(と、随分、懐かしい言い方のような気がするが)有名無名を問わずフラットに人の話を聞くという文化があるということ。勿論、話す方も自分の主義主張を多くの人に届けるために態度や言葉を洗練させる訓練・努力がいるが。でも、それはとても気持ちの良い社会のような気がする。日本はダメ。本当の民主主義じゃないんだろうな。落語も“高座”と言うし。

 NHKの番組「スーパープレゼン」は毎週月曜日の夜11時から。見ようっと。

 ↓は昨日の番組で3分間のすごいプレゼンとして紹介されていたもの。大笑いしたけど、なるほどね。二番目の馬鹿が大事なのね。

http://youtu.be/FQ0L8Qj0t38

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ドラマ『製パン王キム・タック』~韓流デヴュー

 夏の節電対策、エアコンを消すならテレビを消せ・・・なる記事を書こうかと思っていたが止めた。だって、先日、番宣したNHKの『火の魚』はやはり良かったし、これまたNHKで始まった向田邦子のドラマ『胡桃の部屋』も第一話を見たが面白そうだった。皆さん、テレビは時間を決めて見ましょう。御用学者の原発解説は嘘だと理解しつつ。

 で、そんな中、これまたテレビネタ。なんでも宮崎葵の旦那で俳優の高岡蒼甫が、某テレビ局の韓流びいきを批判して問題になっているとか。でもこの人、この時期に、こんなことに、何故そんなにムキになるのか、良く分からん。

 かく言う私も韓流は苦手。と言うか見たことないのだからこれも一種の偏見か。レンタル屋の中を歩く度、韓流コーナーが無駄だと思っている自分がいる。最初のぺ・ヨンジュンとそれを取り巻くあの一連の騒ぎが良くなかったなあ、チェ・ジウはキレイで好きだったけど・・・。

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 ↑は今日、長年の愛弟子?であるMさんから聞いた韓国ドラマ『製パン王キム・タック』。http://www.kimtak.com/

 見ていないけど彼女のストーリーの説明だけでも超面白そう(説明している彼女が超面白かったのだが)。

 韓国は日本と違い人気のドラマは週二回放送があり、視聴者の反応をダイレクトに取り入れるため脚本は本番ギリギリまで出来てこないとのこと。行き当たりばったりという印象がある反面、もの凄い緊張感の中で制作されていると想像され、きっとその熱のようなものは作品に反映されるのだろう。そして幾つかは見ていて本当に面白いのだろう。

 私に説明してくれた彼女も別に特別韓流好きという人ではない。たまたまテレビを付けたらやっていて、見てたら超面白くて止められなくなった、と言っていた。

 面白ければ人は何処の国のものであれ見るのだよ。ベトナムであれインドであれ。で、テレビ局も商売だからそういう番組を放映するのだよ。じっくり金と時間をかけて国産の良いドラマを作るよりその方が早くて確実とするのは確かに安易だと思うが。

 悔しいと思うなら韓流に負けない面白いドラマを作るしかないだろう?現場に熱を取り戻し、それぞれの芸に磨きをかけて。どんなに状況が腐っていても役者がTwitterでテレビ局批判なんてやってもしょうがない。負けを宣言しているようなもんだ。

 そんな話聞くなら『製パン王キム・タック』でも見ていたほうはマシ・・・って、ほら、そうなっちゃうじゃないか。

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ドラマ『火の魚』~原田芳雄追悼

 原田芳雄死去。昨日、彼の訃報を教えてくれた人とそのまま映画談議のようになって、彼の出演作の中で何が一番好きかという話になった。『君よ憤怒の河を渡れ』、『オレンジロード急行』、『祭りの準備』、『陽炎座』、『龍馬暗殺』、・・・・と、枚挙にいとまがないが、私が一番強烈に覚えているのは故松田優作の葬儀の時の弔辞。

 「お前は今まで、テレビドラマや映画の中で何度も死んでは何度も生き返ってきた。それは優作、お前が役者だからだ。役者だったら、もう一回、生き返って見ろ!」ってやつ。不遜かもしれないけれど、シビレたなぁ。

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 ↑は昨日話した人が一押しだったドラマ『火の魚』。H21年NHK広島放送局が制作したもので、海外の様々な賞を受賞している。PCで途中まで見て、「続きは家で・・・」なんて言って帰宅後Youtubeを探したらショートクリップ以外に無い(絶句)。http://youtu.be/jTkgP6H_eq4

 あれ、昨日見たの何だったんだろう?で、DVD化もされているというので、念のためレンタル屋にも行ってみたが勿論無い。

チクショウ、最後まで見ればよかったなあ・・・と凄く後悔していたら、なんと、明日21日、NHKBSプレミアムで夜10:00から原田芳雄追悼企画として放送されるとのこと。良かった!!

 以前、若い映画ファンに好きな役者は誰かと聞かれて、勝新太郎、萩原健一、原田芳雄、松田優作、北野武・・・と名前を挙げたら「悪人好きっすねぇ」と、爆笑されてしまった。が、君、原田芳雄は何もしてないよ(多分)。

 もっと枯れたところを一杯見たかった気もしますが、私は恐れ多くて生き返って見ろ!とはとても言えません。

 ご冥福をお祈りします。『大鹿村騒動記』も見なくちゃな。

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ドラマ『TAROの塔』!

Taro_logo1_2  私が子供の頃というと、時代的にはそっくり70年代ということになるのだが、その頃、普通にメディアに出て活躍していた人は今ではほとんど故人となって、伝説の~的な文脈で語られている事が多い。

 思いつくところで寺山修司が筆頭だが、もう1人挙げるとすればやはり岡本太郎だろう。「グラスの中に顔があっても良いじゃないか」という有名なCMがあったが、彼こそ当時は自然に生活の中に入り込んでいる感じがあって、実際、我が家にもあのウィスキーのおまけについてきたグラスがあったと記憶している。

 現在は音楽も映画もリメイク&カヴァー流行だが、こうした状況こそ岡本太郎が唾棄していたもので、陳腐でもなんでも新たに、オリジナルなものを生み出すことに命がけだった彼が今を見たら何と言うだろうか。

 今年は生誕百年ということで回顧展のようなものも行なわれるし、書店に言っても過去の書籍が平積みで置かれている。

 ↓のドラマもそうしたものの一つ。NHK土曜ドラマ『TAROの塔』。昨夜、第2回を見て、第1回は見逃してしまったことを激しく後悔しているところ。

 ドラマは70年、高度経済成長真っ只中の日本、人類の進歩と調和が謳い文句だった大阪万博に、例の“太陽の塔”で戦いを挑む過程と、生い立ちから若き日のパリでの挫折と苦悩の物語がパラレルに展開する。

 松尾スズキが演じる太郎も悪くないが、若き日を演じる濱田岳が出色。そして、母岡本かの子を演じる寺島しのぶが良い。

 「不遇を恐れてはいけないわ、孤独を恐れてはいけないわ」と太郎を諭すかの子。そして、かの子の死の知らせを受けてセーヌに飛び込む太郎。天才も初めから天才ではなかったということか。

 全4回。土曜日の楽しみが増えた。

 三輪明宏が歌うピアフの『水に流して』が圧巻です。

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平原綾香の『明日』

Photo_6  今日はクリスマス・イブ。しかし、最近は例年暖冬でイマイチ雰囲気が出ないと思っている人は多いのではないだろうか?かく言う私もその1人.。寒いのは勿論嫌いだが、でも温かい部屋から寒い外を見て過ごすというのが今の季節における一つの理想だ。

 そんな思いもあって昨夜、娘と通して見てしまったのが↑のドラマ。富良野にある喫茶店の大きなガラス窓から雪景色を眺めミルでコーヒー豆を挽く。良い。

 母を死なせてしまった青年とそれを許さない父。その2人の和解と再生の物語。これは倉本版『エデンの東』と言ったところだろうか。私はこのドラマ放送中は亡き父について想いをはせながら懐かしく見ていたが、昨日は息子との関係について考えながら見てしまった。そう、時はこのように流れるのだ。

 最終話、寺尾聡演じる父と嵐の二ノ宮演じる息子の和解のシーンでは娘と二人して滂沱の涙を流してしまった。そして、この時の長澤まさみは本当に素晴らしくて、今の彼女を思うと、東宝さん、もう少し大事に育てて欲しかったな、と思う。

 そんな訳でこのブログでは毎年、この日には“クリスマスソングじゃない歌をクリスマスソングとして聞く”と言うのをやっているのですが今年は↓以外考えられなくなってしまった。

 皆さん、メリー・クリスマス。

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