The little Drummer Boy


 

 “クリスマスプレゼントは貧しい羊飼いや三人の博士たちが馬小屋の赤ちゃんのところに駆けつけたことにならったものだと思います。<中略>。貧しい羊飼いの少年は救い主が生まれたんだからプレゼントを持って行かなきゃ、と言われるのですが、自分には何もあげるものがないと思うのです。でも気を取り直して、自分には太鼓がある、赤ちゃんに太鼓を叩いてあげてもいいですかとマリアに聞くのです。マリアがうなずいてくれたので、少年は一生懸命太鼓を叩きます。すると赤ちゃんがニッコリ笑ったというのです。いろんな人がこれをテーマに、歌や絵本にしています。これは素晴らしいお話だと思います。”

「いのちのおとずれ クリスマス」ドン・ボスコ社より

 メリー・クリスマス。

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サウンド・オブ・ミュージック」制作50周年~ドレミの歌

 今年は映画「サウンド・オブ・ミュージック」制作50周年だと先日ニュースで見た。ということは自分と同じ年。これは反戦映画なのだよな。ヨーロッパ人のこの映画に抱く思いは日本のぼくらよりずっと意味深いだろう。難民問題を抱えるヨーロッパ。日本は?トラップ一家は難民だった。

 ↓は良く見るフラッシュモブの動画。これはベルギー、アントワープ駅での出来事。アントワープは1945年5月にナチス・ドイツに占領された。それを知ってこれをまた見ると以前と違った感慨を抱く。「ドレミの歌」が違って聞こえる。

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ファレル・ウィリアムス 「Happy」のPV

 ファレル・ウィリアムスの「Happy」のPVをここのところ毎日見ている。これは世界中の国、都市、町、学校・・・あるいは様々な団体・組織で独自に作られていて、見ていて楽しい。南三陸バージョンや福島浜通りバージョンもあって嬉しい限り。きっとあなたが住む町や学校でも作られているかもしれない。気に入ったものをできれば全部貼り付けたい気分だが、いっぱいありすぎてきりがない。
 
 貼り付けたのは↓の三つ。夏季留学のカナダから帰ってきた娘が帰国したのもつかの間、今度は中国、韓国、ベトナムの友人らを連れて山形に行っていた。今、帰ってきて、ようやく楽しい話を聞いたところ。老婆心ながら長く友情を育んでいって欲しいと思う。
 
  Bring me down
  Can't nothing bring me down
  My level's too high to bring me down
  Can't nothing bring me down
  I said
  Because I’m happy
  Clap along if you feel like a room without a roof
  Because I’m happy
  Clap along if you feel like happiness is the truth
  Because I’m happy
  Clap along if you know what happiness is to you
  Because I’m happy
  Clap along if you feel like that’s what you wanna do
 
北京
ソウル
サイゴン

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辻仁成の「ムスコ飯」

 確か作家宮内勝典氏の対談集『戦士のエロス』(集英社)の中で、人種、思想、宗教を越えても最後には性差が残る、、、と言っていた辻仁成。中山美穂との離婚報道の時、彼の中性化が原因・・と言われ、初め気味悪がられていたけど、今はその子育てぶりが好感を持って受け入れられているみたい。

↓は彼が愛息のために作る日々の料理のレシピとエッセイが綴られているブログ、「希望回復大作戦~ムスコ飯」。どの料理も美味そう。そしてエッセイも泣ける。

 http://jisin.jp/serial/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A1/musukohan/10427

 "ボヘミアンとは、インターナショナル・マナーを持ち、自分の心、自分の肉体、自分のセックス、自分のアート、自分の結婚、自分の人生を良く把握している人の事。そして自分自身の検閲からも、自分自身の抑制からも、自由で、実験の心を持ち続ける人のことなんだ"とはかのアレン・ギンズバーグ。
 

 彼はボヘミアン。「世界はたった一つじゃない」って意外と思いつきそうで歌われないフレーズだと思う。昔から日本の男は皆不自由だと思っていたが、今は女も不自由そう。何がって「頭の中」が。子連れロッカー、精神の自由を感じる。 

instagramの写真も好きです。↓

http://instagram.com/tsujihitonari

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長井市~山の港町で甦る

 
 
  やがて長井の町に入った。
 この集落は中世の古くから著らわれていて、荘園時代、この付近一帯の田園の呼称は、置賜ともよばれず、むろん米沢ともよばれず、長井荘(ながいのしょう)という呼び方で総称されていた。
 上杉時代、その藩領が内陸の盆地にあるため、海運の恩恵にはまったく浴せず、この点、経済的には海に面した藩よりも不利であった。米その他の物産を上方や江戸に積み出すにしてもはるか酒田湾(最上川の河口)まで運ばねばならない。それも江戸初期までは米沢から酒田まで陸路はこんだ。最上川に運送船をうかべてこの流れを交通に使おうにも、途中、岩礁などが多く、とても通れなかった。その隘路が江戸期中期ごろの工事で打通され、この長井に藩営の川湊(かわみなと)が置かれて物が船で運ばれるようになった。
長井の町の北端までゆくと、おおきな橋梁がかかっている。下は、地が大きくくりぬかれて黒々とした川が流れていた。最上川であった。

                 (「街道をゆく 10 」司馬遼太郎著より )

Photo Photo_2
 
  先週、山形県長井市に行ったが、このブログを見ているというある人に「どんなところですか?」と聞かれて、恥ずかしながらぼくはそれを説明する言葉がなかった。上に紹介した司馬遼太郎の文章を自分も勉強するつもりでアップするしかないか・・と思っていたら、YouTubeで良い動画を見つけた。JR東日本のCM。主演は吉永小百合。“山の港町”か。なるほど。ぼくの世代でサユリストっているのかな。宣言してしまおうかな。
 
 長井からはラフランス、柿、りんご、大根、カブ等をいっぱい貰ってきて、また取ってきたきのこもいっぱいあって、その上、「はっぱ塾」からは手作り味噌まで頂いて、今、それを堪能しているところ。手作り味噌ときのこで味噌汁を作ったらとても美味しかった。
 
 今年は秋が長くて喜んでいたら、東京は一昨日あたりから急に寒くなった。街路樹の葉も段々色づいてきて、こっちは紅葉の見時はこれから。東北から帰ってきて今年は紅葉を二度楽しめる。得した気分。
 
 新聞の記事で酒「甦る」の仕込が昨日15日に無事終わったことを知った。

 

 

 皆が年に一度ボジョレヌーボの解禁を楽しむように、ここ数年、東京にいて、ぼくは「甦る」の解禁を待つようになった。予定は3月とか。山の港町でまた甦れ。来年こそは仕込みに行きたい。
 
 PS  写真は弟のブログから拝借した最上川の写真。
 

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動画 いにしえからの警告

“太平洋側、東北沿岸の大津波が到達しなかった地域にサインのように多くの神社が建立されている事実を発見した建築関係者と考古学者。約500年前にも同規模の大津波被害の後、先人らは目印の為に多く社を建立。私たちは、その知恵を無視していました。”

   写真家 大野純一氏のTwitterより 

   https://twitter.com/ohnojunichi

 考古データを真摯に考えれば福島第1原発の事故は想定内だったという事か。

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私はいいゴリラです

 

 FaceBookを利用するようになってTwitterを使わなくなってしまった。でも、せかくだから何か独自の良い使い方は無いものかと思案しながら、昨日、久しぶりに知人達のTwitterを一通り見ていると、思いがけず興味深い動画に遭遇した。

 それは手話を覚えたゴリラの映像で、メスのローランドゴリラ、ココは博士に教えられた1000語ほどの語彙を理解し表現できると言う。私が見たのは仲の良かった猫のボール(名前)が車にはねられ死んだと伝えられるたココが「悲しい、bad、悲しい」とサインを送り、あとは一人(一匹)で声をあげて泣くシーン。

    http://www.youtube.com/watch?v=XqTUG8MPmGg&feature=player_embedded

 こういうことには意外と疑い深い私は、一見、驚くと同時に、人間が精巧な着ぐるみに入って演じているのではないか?という気持ちにもなって、YouTubeにアップされている他の映像も見てみたが、かえって驚きは募るばかりだった。

 人間はこのゴリラのココとの対話によって初めて動物が何を感じ、何を考えているのかを知ることになったという。

 ネットでこのゴリラに関するものを様々読んでいて、一番驚いたのは「死」についての対話。ゴリラは死ぬとどこにいくのか?との問いにココは「Cmfotable,、hol、bye 苦労のない 穴に さようなら」、と答えたと言う。苦労のない、心地いい 穴、って何だろう?

 お金とかおいしい食べ物とか色々あるが、私達は本当は一番に、良いコミュニケーション、を求めているのだと思う。誰かに何かが伝わる、また理解できるという喜び。

 無名の前衛芸術家だったオノ・ヨーコの、梯子を上って天井に釘を打ったら10シリング払えという作品を試そうとしたジョン・レノンは、まだ開催前だからダメだと言われる。そこで彼はヨーコに釘を打ったつもりになるから、君は10シリング貰ったつもりになってくれ、と言う。我々凡人には宇宙人同士のコミュニケーションみたいだが、初めのその会話がきっかけで、結局二人の心は生涯結びついてしまう。

 このブログはTwitterと連動していてアップしたと同時に記事の題名がそのままTwitterに書き込まれるようになっている。ブログもFaceBookもTwitterも結局はコミュニケーションのツールだが、私はやはりユーモアのあるものに憧れる。ゴリラのココのサインランゲージは別にユーモアを込めたものではないが、それでも様々なことを私達に教えてくれる。

 今日のこの記事の題名は「私はいいゴリラです」。Twitterを見た人は何と思うだろうな。

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こじこじ音楽団の『夜明けを待ってる』

 テレビで今盛んに流れている“ガンバレCM”にどうしてもついていけない気分でいたところ、某ビッグアーティストの復興支援ソングなるものも出てきましたが、私がこの頃、静に口ずさんでいるのは実はこの曲です。

 よもやYouYubeにアップなどされていまいと諦めつつ、検索すると、何とあっさり出てきた。しかもアップしたのは誰であろう作者の一人、児童文学作家の長谷川集平さんご自身のよう。

“今、暗闇の中にいる人たちに捧げます。” と一言ある。

 この曲が収められたCDシングルが出来たのが93年だったので、当時から知っている私には18年振りのPVを見るような思いですが、出来は渾身の、と言うか、こんな質の高いことをさりげなくやっているところは、さすがと思いました。

 集平さんのホームページによると、この歌は震災直後の震災復興支援ライブで歌われたようです。

 シューへーさん、“写真 こじひろし”です。素晴らしい動画ありがとうございます。

 それと天国(シューへーさんによれば煉獄)の下村さん、良く遊びに来てくれた、いわきの家、大変だよ。

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宇多田ヒカルのPV

 最近見たPVで何気に一番好感を持ったのがこれ。

 宇多田ヒカルって今幾つになったのだろう?世間的に見ればまだまだ歳若い女の子なのだけど、それにしては人生の前半部であまりにも大きな仕事を成し遂げてしまって、私などには全然想像のできない人生である。

 所見の印象は金掛けてねぇなあ、と言う印象だったが、かえって力が抜けていて良い。過去のPVで自分が演じたキャラをサラリとパロッていて、一皮向けた感じがする。

 活動休止とか言っていたっけ。今後が楽しみ。

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PATICAの神様

 全然やったことのない楽器を1から覚えたいという思いがある一方、長年我流のままのギターをちゃんと習いたいという思いもある。

 「楽器には相性と、それぞれ向き不向きがある」と、昨日もAさんに言われたが、つまりはどれだけ夢中になれるかということじゃないかな。

 ↓は私の友人の超絶技の映像。私は彼がこれを始めた頃から知っているが、人間やり続けるとここまでいくんだなぁ、と感心することしきり。もう“パチカ”の神様ってことになっちゃってんじゃないだろうか。

 一昨日、電話があって久しぶりに声が聞けて嬉しかった。眠くてごめんなさい、ケンゴさん。

 PS 彼がどんな人か興味のある方はこれを

  

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