17度目の歌舞伎~仮名手本忠臣蔵

仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1)) Book 仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))

著者:竹田 出雲,並木 千柳,三好 松洛,橋本 治
販売元:ポプラ社
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 さて、カテゴリー『いろは歌舞伎』で過去のエントリーを見ると、私が初めて歌舞伎座に出向いたのは去年の11月1日のことだから、それから早くも1年が過ぎたことになる。うーん、結構、見たな。まだまだ足りないですが(笑)。

 昨日買った筋書きによれば江戸の頃から毎年この11月は“顔見世”と言って、向こう1年間の顔ぶれを披露する大事な興行だったとのこと。そうか、偶然のこととは言え、去年、丁度いい時から歌舞伎を見始めたんだな、私ゃ。

 さて、昨夜はその11月吉例顔見世大歌舞伎で『仮名手本忠臣蔵』。先月の『義経千本桜』と並び歌舞伎狂言の名作中の名作です。この忠臣蔵、3月の真山青果作『元禄忠臣蔵』の時は長い物語の中のどの「場」を見るか散々迷いましたが、今回は最初から“討ち入り”を見ようと決めていました。『元禄~』ではこの討ち入りは『仙石屋敷』の詮議の場での台詞回しで表現されていて、それはそれで良かったのですが、どうしても1度芝居の舞台でこのシーンを見たかった。

 となると討ち入りはご存知のようにクライマックスにあたる部分なので夜の部となるわけですが、今回の夜の部は五段目・山崎街道鉄砲渡しの場・同二つ玉の場と、六段目・与市兵衛内勘平切腹の場で一幕、七段目・祇園一力茶屋の場と十一段目・高家表門討ち入りの場以下、で一幕と分かれていて、当然、私は七段目からを見ることになりました。

 七段目、由良之助に仁左衛門、お軽に福助、寺岡平右衛門に幸四郎、斧九太夫に錦吾、鷺坂伴内に松之助。

 この七段目は茶屋で遊興に耽る大星由良之助=大石内蔵助がついにあだ討ちの意志を明らかにする場です。茶屋には5・6段目で祇園に売られた勘平の妻お軽(福助)がいて、そこに兄の平右衛門(幸四郎)がやってきて兄妹の情愛溢れる物語がそれに絡む。

 派手に遊んでいる由良之助の真意を確かめようと塩治の元家臣達が茶屋にやってきますが、遊び呆けている彼に失望し切りかかろうとしたりします。また、元は塩治の家臣なのに褒美に転び今は高師直側についた斧九太夫もやってきて何かと様子を伺っています。

 特に九太夫が塩治判官=浅野匠頭の命日で本来なら魚肉を食するのを避け精進すべきところにわざと酒を用意させ蛸を薦めると、由良之助はそれなら鳥を絞め鳥鍋にしようなどと言うものだから、周囲は呆れ、益々あだ討ちの意志無しと見ます。由良之助の刀を見ると、それを裏付けるかのように鞘から抜けないほどに錆びている。

 この場の由良之助は遊び人に風の艶っぽさと同時にあだ討ちの意志を内に秘めたダンディさをも表現せねばならず、『仮名手本~』の中で一番難しい由良之助と言われていますが、さすが我が仁左さまは見事に演じていました。私は彼の遊び人に身をやつすいわゆる“やつし”芸は『吉田屋』で、また凛々しくダンディな内蔵助は『仙石屋敷』で見ましたので、この場はそれを繊細に使い分けているようで上手いなと思いました。

 最後、縁の下に隠れ様子を探っていた九太夫をお軽の手で引きずり出させると、地面に擦り付けるように押さえ込み「獅子身中の虫とは己がことよ」と一喝。ここぞとばかりの気迫の演技で大向こうが一斉に叫んでいました。そして主君の命日によくも俺の口に魚肉をつきつけやがったな!みたいなセリフ。うわー、それまでデレデレした雰囲気だったせいかそれとコントラストになってのこの場面、余計かっこよく見えました。

 続く11段目はいよいよ討ち入りです。ここは「高家表門討ち入りの場」「同奥庭泉水の場」「同炭部屋本懐の場」「引き上げの場」と4場に分かれています。そして“表門討ち入りの場”で勢ぞろいした志士たちの壮観さ。これが見たかったんだよな、って感じでした。続く“奥庭~”での立ち回りは多分、この一年で私が見た芝居の中で一番激しいアクションシーン。演じるは小林平八郎(歌昇)と竹森喜多八(錦之介)。戦いというより激しい舞のようで、目が離せず楽しめました。

 そして、本懐をとげいよいよ最後の引き上げですが、由良之助はゆっくりとゆっくりと花道を去っ行く。見送るのは馬上の旗本服部逸郎(梅玉)。で、この“ゆっくり”がね、長大な物語の余韻になっていると思うんですが、それはその前の段をどれだけ多く、また深く見たかによって感じる度合いが違うだろうなと思うと、ちょっと悔しかったです。

                                                ☆

 この『仮名手本忠臣蔵』、以前は全部の段を一度に通して見たいなどと思っていましたが、こうして各段各段が長く内容が濃いのが分かると、いかに自分が無知であったかが思い知らされます。(妻には「あなたみたいな人はテレ東の12時間時代劇みたいのを見てるのが一番よ」と言われましたがその通りかも。)しかし、一段一段がさらに長大な物語を形作っているのも確かなので全てを知らないと部分の理解が浅くなるのもまた事実。後は本などで読むしかないと思いますが、紹介したいのが↑のアフェリにある絵本です。このシリーズは他にも『菅原伝授手習鑑』などもあって、これから歌舞伎を見ようという人の予習グッズとしてもお勧めかも。また某週刊誌で安野光雅氏の絵入りで連載も確かしているので、これも一冊の本になったら読んで見たいと思っています。

 丁度1年経った歌舞伎鑑賞。見れば見るほど面白くて、奥が深い。まだまだ若葉マーク付き。で、まだまだ行きますよ(笑)。

 来月はクドカンの『大江戸りびんぐでっど』。歌舞伎でクドカンって・・どうなんだろうな(興味)。

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16度目の歌舞伎~義経千本桜

Photo_6   私は去年11月から歌舞伎座に通い始めましたが、昨日、ついに幕見以外の席で観劇することになりました。まあ3階のB席ですけど・・・それでも・・長かった(笑)。ようするに初めて“中”に入ったのですが、それもこれも今回の芸術祭十月大歌舞伎<夜の部>の演目をじっくり見たかったからで、それがこの『義経千本桜』です。

 これは『仮名手本忠臣蔵』、『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』と共に義太夫狂言の三大名作の一つと言われていて、確か現在の歌舞伎座が来年取り壊されるのを機に行なわれたアンケート・“あなたの愛する歌舞伎”では『勧進帳』の次に選ばれていましたネ。

 初演は延享四年(1747年)、竹田出雲、並木千柳、三好松洛の三者による合作です。平家滅亡後、後白河法皇から今度は頼朝を討てと密かに求められた義経の悲劇を描きつつ、その一方で義経に滅ぼされた平家方の武将、平知盛、惟盛、教経の三人が実はまだ生きているというストーリー。演題に“義経”の名を謳ってありますし本人も勿論登場しますが、これは今で言う“スピン・オフドラマ”的な要素が大きくて、初段から四段目まで様々な人物のエピソードが交差することで、全体の大きなドラマが構成されるというもの。

Photo_9  今回上演されたのは、逃げる義経が大物浦で船頭となった知盛に襲われるもこれを撃退し、知盛が守り育てていた安徳天皇を逆に託され保護するまでを描いた、“渡海屋”・“大物浦”と、そして義経の愛妾静御前と佐藤忠信(実は狐忠信)の道行きと、狐忠信の本性が明かされ、初音の鼓とのいきさつが語られる 吉野山・川連法眼館(かわつらほうげんのやかた) の4幕です。

 “渡海屋”・“大物浦”ですが、これは全体で見ると2段目にあたり、主人公は渡海屋銀平=平知盛です。そして昨夜はこれを吉衛門が演じていましたが、良かった。

 『勧進帳』の弁慶他、私は彼を何度か見ていますが、このところ外れナシといった感じです。偉そうに言ってなんですが、この人、歌舞伎役者として今一番“旬”なんじゃないでしょうかね。“渡海屋”は船頭に身をやつしての任侠溢れる芝居ですが、一転、“大物浦”では義経にリベンジ戦を仕掛けるも再度敗れる知盛を艶っぽく演じていて、またまたシビれてしまいました。この人は声が良い。良くとおり、情感豊かでその時々の感情がダイレクトに伝わってきます。父清盛の非道が一門に三悪道の苦しみを与えたのだと瀕死の体で述懐する件や天皇との別れ・・などなど。そして碇を繋いだ縄に自ら身体を縛りつけ、断崖に身を投げるラストは圧巻でした。

                  ☆ 

Photo_14 そして休憩を挟んだ後は“吉野山”と“川連法眼館”。忠信に菊五郎、静に菊之助。普通、『義経千本桜』と言うと、この“川連法眼館”での狐忠信と初音の鼓の話、いわゆる<四ノ切(しのきり)>を思い浮かべる人が多いと思うのですが、上述したアンケートでこの『義経~』を挙げた多くの人は、きっとこの段のことを指してのことと思われます。

 義経が平家討伐の恩賞として後白河上皇から賜った「初音の鼓」。兄弟狐の皮で出来ているということで、義経はこの鼓を貰ったことにより“兄を討て”の院宣を受けたことになる。しかし、実はこの鼓の皮は「兄弟狐」のものではなく「夫婦狐」のもので、この鼓が宮中から出た途端、親を慕うその子狐がつきまとい始めます。

“吉野山”はこの子狐が義経の家臣佐藤忠信に化け、鼓を預る静と道行するというもの。そして“皮連法眼館”では狐忠信はついに化けの皮がはがれ、親を殺され鼓にされた悲しい身の上を明かし消えますが、静がもう一度呼び戻そうと鼓を打つと音が鳴らない。ここがツボで、兄に追われる義経の運命とこの獣の親子の情愛が対比となって涙を誘います。この狐忠信を「源九郎狐」とも言いますが、「義経」は“きつね”とも読め、この狐は実は義経をカルカチュアしたものとも見ることができます。

Photo_15 菊五郎の狐忠信は期待していたのとはちょっと違かった(笑)。セリフ回しにしても動きにしても、もう少し“ケレン”が過ぎても良かった。その方がこの芝居の場合、余計哀しさが伝わると思うけど。また菊之助の静もキレイでしたが、1ヶ所セリフを言うタイミングが早すぎるように感じるところがあって、これも情感が伝わり辛く惜しい気がしました。

                 ☆

 夕方の4時半から始って終了は9時。実は昨日は初めて娘を連れていって、長くてどうかと少し心配していましたが、イヤホン・ガイド片手に最後まで興味深げに観劇していました。良かった。

Photo_16 それと初めて中に入ったので、公演終了後、1階~2階、舞台その他を親子でまじまじと見てしまいました。特に「花道」。3階席や幕見だと僅かしか見れなくていつも惜しい思いをしていますが、実際、そばで見るとそんなに長いものではないんですね。いつも見逃している部分はそれほどではないのではないかと・・・少し、慰められた?気持ちになりました。

 で、娘が「ここが一番見易いと思う!!」と、指差したのは1階の桟敷席。確かに座敷になっていて食事を広げる卓までついていて楽そう。ここで弁当を広げ酒を飲みながら・・・って、この歌舞伎座がなくなる前に必ずやるつもりでいますが、でも高けぇーだよなこの席。

 ま、娘よ、お父さん、頑張るよ。。。。。。。。競馬(笑)。

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15度目の歌舞伎~勧進帳

Photo  来年四月に現在の歌舞伎座が取り壊されるまでの“歌舞伎座さよなら公演”。この間にできるだけ多くの演目を見れるだけ見ようと始まった私の歌舞伎鑑賞ですが、2月に続きまた見てしまった『勧進帳』。

 この9月は他にも司馬遼太郎原作の『竜馬がいく』、鶴屋南北の『時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)』、『浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)』、福森久作『松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)』などなど、そそる演目が目白押しでした。なのに何故、また『勧進帳』か。

 それは同じ芝居を違うキャストが演じるとどのくらい違いが出るのかをこの超メジャーな演目で体感したかったこと、そして松本幸四郎演じる弁慶にとても興味があったからです。

 今回の『勧進帳』は“七代目松本幸四郎没後60年”と銘打たれており、それは生涯に1600回も弁慶を演じ、現在の弁慶の“型”を作ったと言われる祖父の芸が当代幸四郎にいかに受け継がれているのか、といったそんな趣向でもあります。

 昨夜は弁慶に幸四郎、義経に染五郎、亀井六郎に友右衛門、片岡八郎に高麗蔵、駿河次郎に松枝、常陸坊海尊に錦吾、富樫に吉衛門。

 吉衛門は2月に素晴らしい弁慶を演じていて、それは私の中で「弁慶」の基準にすらなっていて、今回は言わば幸四郎がそれをどの位ぶち壊してくれるのか?と、個人的にはそんな期待もありました。

 『勧進帳』は言うまでもなく頼朝に追われ、山伏姿に身をやつした義経一行が、富樫左衛門が関守を務める安宅の関を越えていく物語です。これは能の『安宅』を基にしていて、中世の芸能である能では富樫は弁慶の呪術・暴力を恐れ関所を通しますが、江戸時代の歌舞伎では、義経一門の絆の深さに心を打たれて見逃すこととなり、つまりこれは人情が主役の芝居。この強力な発信源は勿論弁慶、そしてその受諾者としての富樫も決して大袈裟な態度に表せなくとも人情の人です。

 私には幸四郎はどうしても内省的な芝居の人という印象があります。かつての三谷幸喜のドラマ『王様のレストラン』で彼が演じた伝説のギャルソンよろしく、恩に報いようと、溢れるほどの人情をうちに抱えつつも決してそれを億尾に出さず、そして大きな結果を残す。昨夜の弁慶はそんな印象でした。これは2月の吉衛門の気迫の塊のような弁慶と比べると好対照な気がしました。当代幸四郎も去年『勧進帳千回』を記録して、これも相当に磨き上げられた弁慶ですが、こちらの方はそこはかとなく品がある。

 しかし、予想通りと言うか、心配していた通りと言うか、各所気迫で押して欲しいところが内省的に見え、芝居の流れが中断してしまうように感じた部分がありました。例えば“山伏問答”。警察の尋問のように同じ事を二度聞く富樫に丁々発止、気迫で相対するところがそれが伝わらず、小声でもごもごと何か平明な現代劇の一場面のようになっていて惜しい気がしました。そして、それに続く“元禄見得”も“問答”自体がそうなので余り迫力を感じなかった。

 だからこの弁慶に関しては関を越えた後半に見所あるように思いました。弁慶が義経を打ちゃくしたことを詫びて泣く山間での“判官御手”から“戦(いくさ)回想”→“富樫二度目の出”→“人目の関”→ “延年の舞”と続く後半に。

 私は前回2月には芝居の細かい意味は分からず、ただただ吉衛門の弁慶に見蕩れていたのですが、何故、富樫がもう一度出てくるのかが分からなかった。しかし、その後、本などを読んで富樫も義経一行を通したことで自らも死ぬ覚悟をした、そして自分の人生を変えた男弁慶と純粋な気持ちで最後に酒を酌み交わしたいと思ったのだ、と読んで少々驚きました。

 ものの本にはこの後半は危難を突破した安堵感に包まれたものなどではなく、やがて全員に訪れる「死」の予感に彩られたものでなければならないとあり、そうか、そう考えるとそれを演じるのに幸四郎の弁慶はある意味はまり役だと思いました。そう、歌舞伎の醍醐味を味わうなら吉衛門の弁慶、芝居の深い意味を感じるなら幸四郎の弁慶・・・・見終わってそんな気がしました。

 歌舞伎を見続ける限り『勧進帳』はこれからも何度も見ることになるでしょう。そして、その都度、様々な弁慶に会える。今後もその違いを楽しもうと昨夜は思いました。

 で、最後の“飛び六法”はどうしたってか?今回も見れねえよ、そんなもん(笑)。毎度、幕見なもんで。

 次回は『義経千本桜』です。

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14度目の歌舞伎~六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)

 歌舞伎座さよなら公演八月納涼大歌舞伎。歌舞伎座のこの八月の夏芝居は平成2年に始まり今年20年目とのこと。しかし、江戸の頃も暑くて芝居小屋から客足が遠のくこの時期は怪談ものや“本水”を使った大掛かりな舞台装置を屈指した芝居をかけるのが通例だったと聞きますから、“20年目”とは言え、それは本来の歌舞伎の伝統に戻った、ということなのかもしれません。

 今回も演目に『真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)』や『怪談乳房榎(かいだんちぶさのえのき)』と、納涼歌舞伎らしく怪談ものがありますが、私はあえてこれにしました。『六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)』。短い舞踊の幾つかを組み合わせて一人の踊り手が何役も踊る、いわゆる“変化舞踊”というやつです。踊るのは坂東三津五郎。去年12月、『京鹿子娘道成寺』の名演で私の舞踊好きに火をつけたニクイお方です。

                 ☆

ところで皆さん、“六歌仙”ってすぐに言えます?『古今和歌集』の序文に紀貫之が平安初期を代表する歌人として6人の名を挙げたところからそういうことになったらしいですが、小野小町、僧正遍照、文屋康秀、在原業平、喜撰法師、大伴黒主、の、この6人です。

 『六歌仙~』はこのそれぞれの色恋を舞踊仕立てにしたもので、六人のうちの小野小町を除く5人を三津五郎が演じます。小町には福助、喜撰法師の相手、お茶屋のお梶には勘三郎。で、“色恋”と一口に言っても様々あるわけでして、以下、この“六歌仙”の恋のパターンと、舞踊には関係無いですが、せっかくなのでそれぞれの歌を見てゆきましょう。

                  ☆    

1・僧正遍照・・・・・・まあ、“老いらくの恋”ってやつです。遍照は同じ歌仙の一人小野小町に恋をして一目会いたさにやってきます。もう、仏罰も覚悟の上です。この演目、ゆるーいところから入ってくるなあ、という感じですが、小町に会った途端、心奪われ口説きにかかる僧正遍照。しかし、結局はそれでは仏の道に外れる、と小町に諭されます。実際に二人にはこんな歌のやりとりがあります。小野小町が石上という寺に来て遍照がいると聞いて歌った歌。

小野小町  岩のうへに旅寝をすればいとさむし苔の衣を我にかさなむ

返し 世をそむく苔の衣はただ一重かさねばうとしいざふたり寝む(後撰1196)

 「石上というところだから言うわけじゃないですが、岩の上に旅寝をすると寒いので、粗末なものでいいから何か衣を貸して下さい」・・・みたいな小町。それに対し遍照は「私が持っているのはこのみすぼらしい衣一つきり、じゃあ、二人で寝ようか」みたいな返歌。・・・・・・もう・・・遍照サマったら・・・・・・。

 2・文屋康秀・・・・・・・・容姿と財力に自信のある遊び人が、店のお気に入りの女の子を勢いでモノにしようとするのを周りのベテランさんが寄ってたかってなんとかそれを阻止しようとする、みたいな・・なんかそんな場。でもこういう男の傍若無人さは実は照れの裏返しでもあって、意外と想いは一途だったりします。相手はまたも小野小町。小町ちゃん、モテますなあ。

文屋康秀  草も木も 色はかわれど わだつみの 浪の花にぞ 秋なかりける 

 これは恋の歌ではないと思うんですけどね。「秋になると草や木の色は変ってしまうけど 海の浪の上に咲く花の色は変らないぜ」みたいな歌。なんか良いなあ。古今和歌集によると、実際に康秀は三河に赴任する際、小野小町を誘っています。それに対する小町の返歌。

小野小町   わびぬれば 身を浮草の根を絶えて さそふ水あらばいなむとぞ思う 

 「さびしくってえ、根無し草のようにフワフワした気持ちなのでえ さそう水があるならあ、行こうと思いますう。」って意味。

なあんだ、まんざらでもないんじゃん。小町ちゃん。

 3・在原業平・・・・・・・・・・今回の恋の相手もまた小野小町。前の二つはややコミカルな面がありましたが、これは美男美女が織り成す平安絵巻。武官姿に盛装した業平が扇尽くしで誘いかけますが小町は優美にそれをかわします。最後には御簾に入ってしまう小町。そして一人去って行く業平。

 在原業平  月やあらぬ 春や昔の春ならぬ 我が身ひとつはもとの身にして

 『伊勢物語』によればこの歌の相手は仁明天皇の妃藤原順子ということになっていますが、もちろん本当のことはわかりません。「月はもうあの時の月じゃない。 春はもうあの時の春じゃない。 自分一人があのときのままだ・・・。」みたいな歌。キャー、切ないなー。

 4・喜撰法師・・・・・・・・・・・・やっと小野小町じゃない恋の相手が出てきます。祇園の茶汲み女お梶。勘三郎です。喜撰法師は名僧として名高い人ですが、それをこんな色恋にうつつを抜かす坊主に変えてしまうなんて、江戸の人って強引ですな。

 喜撰法師  我が庵は みやこのたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人は言ふなり

 「私の庵は都の東南にあって こうして暮すここを 世を憂う山と人は言うんだよ、恋なんて浮ついたこと俺とは無縁だぜ、ふん!」みたいな(笑)、まったく色っぽくない歌。こうした堅物を恋に血道をあげる人物として歌舞伎舞踊にしてしまうところに・・・・・江戸人の遊びを感じますね。

 5・大伴黒主・・・・・・・・・・・・さて、この変化舞踊の最後ですがここは色恋沙汰の踊りではありません。その証拠にこの大伴黒主の顔には歌舞伎では悪役を示す黒い筋膜が施されています。いわゆる「ウケ」という役ですが、黒主は小野小町に、お前の歌は古典の盗作だ文句をつけます。それを受けて小町は草紙を水で洗えば新たに書き加えられた部分は消え、古いものがのこるはずだから疑いが晴れると言って実行します。そして、洗うと草紙は真っ白に。そして黒主の歌に天下横領の企みを読み取った小町に黒主が刃を向けた瞬間、討手が彼を取り囲んでThe endとなる。しかし、名前がいけなかったなあ、“黒主”って。だからってこんな悪役にすることないのに。

 大伴黒主  思ひいでて 恋しき時は 初雁の なきて渡ると人知るらめや

 「昔のことを思い出してあなたを恋しいと思う時、あの雁が鳴くように私がづっと泣いていること、をあなたは知っているだろうか。」という意味。そうかずっと泣いているのか。

                ☆

 坂東三津五郎の舞踊はいつかじっくり見てみたいと思っていましたが、今回、それが実現した感があります。個人的には「業平」がやはり良かった。そして「喜撰」での勘三郎との絡みが。

 で、この八月納涼大歌舞伎・・・怪談ものはどうしようかな。でも『女殺し~』『夏祭り~』と“殺しの場”を二つ立て続けにみたからな。もう納涼は済んでいるかも。いいや、この夏は“平安の恋”ってことで。それに恐いの・・・苦手なんだよね。実は。

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13度目の歌舞伎~夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)

Photo_2  毎日、暑いですね。皆さん、暑中お見舞い申し上げます。

 世間のお子さん達は皆、夏休みに突入ですな。我が家の前の公園じゃ、夜な夜などこぞのご家族が花火なんぞをやっおりまして、それを見ているこちらもビールに枝豆、その上、昨日は土用ということで鰻(うなぎ)でも食そうというからには、俄然、夏気分も高まってくるというもの。これで祭りのお囃子でも聞こえてくれば言うことなしってとこですが、まあ、こちらの気分に合せて出る山車(だし)なんぞあるわけもなし、だからと言って風鈴の音だけと言うのも妙に淋しい。それでこの降って沸いた“夏気分”、どうにかこうにか埋め合わせようってんで、出かけてきたのが銀座歌舞伎座、7月大歌舞伎夜の部の一幕、『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』でございます。

                  ☆ 

 さて、このお芝居、以前テレビで“ヤクザ映画、任侠映画の原点”のような紹介のされ方をしていましたが、そのストーリーはと言いますと・・・・・・。

 つまらん喧嘩がもとで牢に入っていた魚屋団七。とある武士の計らいで無事放免と相成り、恩義を感じた彼はその武士の息子である磯之丞(いそのじょう)と恋人の遊女琴浦の力になろうと心に決めます。ひょんなことから団七は琴浦に横恋慕する男大鳥から彼女をかくまいますが、金銭欲の塊のような舅義平次が金に転んで敵方につき、彼女を連れ去ってしまう。結局、団七、追跡し彼女を取り戻しますが、その過程でついには舅義平次を殺してしまうというもの。

 昨夜は団七に海老蔵、一寸徳兵衛に獅童、釣舟三婦に猿弥、団七女房お梶に笑三郎、徳兵衛女房お辰に勘太郎、三婦女房に右之助、磯之丞に笑也、琴浦に春猿。

 前回見た『女殺し~』で仁左衛門は「この与兵衛と言う役は“生”の若さが必要・・・。」と言って仕納めにしたと聞きますが、さて、この団七九郎兵衛はどうなのでしょうね。それに一寸徳兵衛は。“若さ”という点では海老蔵も獅童も申し分ありませんが、この“若さ”、“爽やかさ”がね・・・・私が期待していたこの芝居の雰囲気とちょっとかち合うところがありました。私はもそっとこってりした上方歌舞伎を想像していたのですが、上の二人+勘太郎等は生粋の江戸前役者。関西弁がこなれてなくて、そのせいか、芝居にスケール感が出ず、小粒に見える場面もありました。そして、それぞれが切る見得も中途半端なところがあって、大向こうがタイミングがとれず掛け声が不発に終わるところも・・・・・。まあ、難しいんでしょうね、東京もんにとって関西弁って。

 思うに私が今まで見た芝居は菊五郎、勘三郎、仁左衛門、吉衛門、団十郎、幸四郎などなどが中心で、今回のような世代が中心でやる芝居を見るのは初めてなんですよね。で、余計感じたのですが、歌舞伎ってオジサマ方のそれこそこってりとした大人の色気を原動力に成り立っているジャンルなのでは・・なんてね。この『夏祭浪花鑑』の、私が期待していた“こってり感”が無かった、と言うのは実は上方ー江戸前の違いなどではなくて、この“色気”の有無ってことなのかもしれません。

                   ☆

 さて、くさしてばかりいるようですが、もちろん、若手には若手の魅力があって、見所も一杯ありました。特に勘太郎演じるお辰。磯之丞を一度預かるとなったところ、“若い女に若い男を預けるなんて・・・・それに、お前の顔には色気がありすぎる・・”と釣舟三婦に言われた途端、焼けた鉄弓を自らの顔に押し付けるところ。その後、花道を去りながら“そんな顔になって、徳兵衛さんに嫌われはしないかえ?”と聞かれると「コチの人が好くのは(指で顔を指しながら)ここじゃありまへん、ここ(胸元をポンと叩いて)でござんす!」と言い放つ例の場面。これは以前テレビで、父勘三郎が演じるのを見たんですが、勘太郎のそれは全然違って、おお、これはこれでなかなか良いじゃん!と思いました。

 そしてもちろん海老蔵。最後「長町裏」の義平次殺しは圧巻でした。『女殺し~』での仁左衛門の芸術的とさえ思える殺しの場に比べれば、まだまだ大味な感じがするものの、本水あり、本泥あり、舞いとも思える様式美と写実性が渾然一体となっていて、見ごたえ十分でした。

 ただでさえ苛苛する蒸し暑い夏の夜。義平次を殺した刀を鞘に納めようにも手が震えて納まらず、鍔が二つ着いた鳴り鍔がかちゃかちゃかちゃかちゃ、延々と響く祭のお囃子と重なって・・・うーん、凄い効果。海老蔵!仁左衛門が『女殺し~』をそうしたように、あんたはこれを十八番(おはこ)にしろ!そんな風に思いました。

 で、最後に春猿。私は今回初めてこの市川春猿という人を生で見た。で、女子高生じゃないですが、やばいよお、やばい・・という言葉しか出てきません。ホント、やっべぇー。

                   ☆

 昨夜のはとても若い『夏祭浪花鑑』。見た後は、多分、今回の狙い通り、清清しくってそれはそれで良かった。終幕後、歌舞伎座の外に出ると何やら人々が空を指差しながら騒いでいる。ついにUFOでも飛来したかと思い、目を上げると濃くハッキリとした虹!。もう、ホント、最後まで爽やかなんだから!

 PS 欲しかったこってり感は、その後、鰻を食って埋め合わせました(笑)。

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十二度目の歌舞伎~女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)

Photo_7 『廓文章~吉田屋』、『曽根崎心中』、『毛剃』、と先月まで3本立て続けに近松ものを見た私ですが、もう一丁いったれっ!てことで本日見てきました。歌舞伎座さよなら公演、六月大歌舞伎昼の部4幕目『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』。

 これはむかーしテレビで見たことがあって(ビデオか?)、主人公の与兵衛を松田優作が、お吉を小川知子が演じていました。確か。で、その頃は近松とか浄瑠璃とか歌舞伎とか、なんも分からず、ただ恐ろしく暗い、救いようの無い話だなあなんて思いつつ見ていたのですが、最後の殺しの場、油の中でのたうちながら優作が小川知子をを殺すシーンの尋常じゃない緊張感と凄惨さが印象に残って、それで覚えていました。と、言うより歌舞伎を見るようになって、ガイドブックのようなものでこの演目の名とあらすじ紹介を読んで、「ああ、あれのことかあ・・・」と逆にそのドラマが『女殺し~』だったと知った次第。

                                     ☆ 

近松門左衛門はルポタージュ劇、『曽根崎心中』、『毛剃』を例に取るまでも無く、実際の事件を題材にして物語をつくる天才なので、きっとこの『女殺し~』も題材とした事件があったはずですが、その辺の詳細はこのお芝居の場合分かっていません。しかし、想像しますに、これは特定の一つの事件と言うのじゃなく、きっとその頃の世相のエッセンスを凝縮して書かれたものなんじゃないですかね。2009年の現在、嫌な事件が多くて、世も末だ・・・って皆が思うように、江戸のこの頃も、甘やかされて育ち、自分の欲望に歯止めが効かなくなった輩が横行し、嫌な事件が一杯あったのだと思います。そう考えると、今、世の中がどんどん悪くなっているような気分が巷にありますが、人間は江戸の頃とあんまり変っていないとも言える。

 で、今回の与兵衛は仁左サマですが、よっぽど私は仁左サマに縁があるのか、歌舞伎座に通うようになって約半年、何も意識しているわけではないのに、見たい!と思って出かけていく芝居の重要な役どころに必ず仁左サマが出ているような気がします。考えてみれば何も分からず初めて歌舞伎を見た時の『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』の薩摩源五兵衛役も仁左サマでした。

Photo_9  この『女殺し~』の与兵衛は初演の昭和39年の、孝夫時代からの仁左サマの“当たり役”ということで、何度も演じられてきたものらしいですが、今回は“一世一代”と銘打たれていて、つまり一生の仕納めということです。なんでもこの役には芸の上での若さと言うのではなしに、生の若さが必要だとのことで封印していたところ、“歌舞伎座さよなら公演に是非と請われ、今回を最後にとなったとか。

 それで、その与兵衛ぶりですが、上方のボンボン風でありながら切れやすく、それでいてクールで何を考えているのか分からない悪役・・・見た目にもダンディで冷徹な雰囲気のある彼にはまさにはまり役でした。殺しの場、初めお吉を殺すのをためらっているのですが、二人で油にまみれ、逃げつ追いつして、すべり、転びしているうち、サディスティックな気分に目覚め、お吉の帯を解き、段々と殺すのを楽しんでいるようになっていくところ。そして、殺し終わって正気に戻り、自分がしでかした事に驚愕し、恐れ慄く様。その辺の心理描写の演じ分けはもうただただ目を見張るばかりで、さすがと言う外ありませんした。クールで気の小さいサディスト、これぞ仁左衛門の真骨頂って感じでした。

 実は今日、本当は娘とこれを見に行く筈だったんです。一度、歌舞伎を生で見たいと言うもので。でもねえ、生まれて初めて見る歌舞伎が『女殺し~』っていうのもどんなもんだろうかと思い、連れて行くのを止めました。もっと楽しくて、華やかなものを最初は見せてあげたいんだよね。父親としては、やっぱ。本人はテレビのサスペンス劇場で殺人シーンとか一杯見てるから大丈夫とか言っていたけど。

 仁左衛門の与兵衛の他は、父徳兵衛に歌六、母おさわに秀太郎、お吉に孝太郎。仁左衛門の至芸に体当たりの孝太郎のお吉もとても良かったです。

 情けは人のためならずって、複雑な家庭環境で、そして愛情も過ぎるととてつもないモンスターを育ててしまうという、江戸時代に書かれたというのに、これはなんてモダンなテーマな芝居でしょう。

               ☆           

 中学の娘に初めて見せるにはためらいますが、その他の歌舞伎ファンの皆さん、これは絶対、見た方が良いですよ。だって、この殺しの場、凄いんだから。凄惨なのになんか美しい。それに孝太郎のお吉も色っぽいんだから。

 それで、それで、仁左サマの与兵衛・・・・これで見納めなんだから。

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十一度目の歌舞伎~暫(しばらく)

 

十一代目團十郎と六代目歌右衛門―悲劇の「神」と孤高の「女帝」 (幻冬舎新書) Book 十一代目團十郎と六代目歌右衛門―悲劇の「神」と孤高の「女帝」 (幻冬舎新書)

著者:中川 右介
販売元:幻冬舎
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 死んで初めて、人々は彼が神であったことを知った。その神を、神として扱わなかったことを悔いた。             

 中川右介著 『十一代目團十郎と六代目歌右衛門』(幻冬舎新書)より

 

 現在の、第十一代市川海老蔵は10代の頃、その幼少期から続く厳しい稽古と名門の家柄を背負って立つことの重責に耐え切れず、常に反抗を繰り返していたと言います。そんな彼を立ち直らせるキッカケになったのが偶然、フィルムで見た第十一代市川團十郎、つまり彼の祖父が演じる『勧進帳』の弁慶だったとのことですが、では十代の堀越孝俊(海老蔵の本名)少年は、祖父の芸の中に一体何を見たのでしょうか?

 彼の祖父第十一代市川團十郎は戦後、絶大な人気を誇った名優です。そして上の本を読むと彼は「神」であろうとした今のところ最後の“團十郎”だったと言ってもよい人です。

 知らない人は一歌舞伎役者が「神」などと何を大袈裟な、と思ううかもしれませんが、この「神」という言葉は最近良く使われる形容詞としてのそれではありません。文字通り歌舞伎の市川家、市川團十郎は江戸時代には信仰の対象としてしての、紛れも無い「神」だったのです。

 その十一代目團十郎も実は中々「團十郎」を襲名しませんでした。彼の前には「劇聖」と謳われた九代目團十郎がいて、その死後から実に60年の間、歌舞伎の世界に「團十郎=神」は不在だったのです。ですが当時はその空白こそが一つの権威のようでもあり、名乗ろうなど考えても恐れ多いことだったようです。

 なので、散々迷い、ようやく襲名した後、十一代目團十郎はことさらにその「神性」にこだわります。しかし、時はあたかもアメリカから輸入された民主主義謳歌の時代、それは時に奇行と映り、必要以上に周囲との軋轢を生み、この十一代目はやがて悲劇的な死を迎えます。

                 ☆Photo_4

 今日見た歌舞伎十八番の内『暫(しばらく)』はまるで神事のように見えました。それは学生時代、私がイカレていたネイティブ・アメリカンをはじめとする世界の少数民族に残る儀式のようで、きっと何も知らない外国人がこれを見たら、絶対私と同様、日本の民間に残る宗教儀礼の一つと思うに違いありません。

 とは言え『暫(しばらく)』は何も難しいお芝居ではありません。簡単に言えばこれは“仮面ライダー”(笑)。世を支配しようとする悪の一味が善良な人々を捕らえその首を切り落とそうとする。そして、まさにその首が切り落とされようとする瞬間、正義の味方鎌倉権五郎景政が現われて、その超人的な力で悪人達をやっつけるというもの。

 昨日に引き続きまたまた松井今朝子女史の言説を引用するに、昔、歌舞伎の顔見世は毎年冬至の頃に行なわれ、第1幕目は必ずこの『暫(しばらく)』だったとか。そして、その一幕目は早朝から行なわれ、この一年で闇から光へと向かう転換点である日の初めに、颯爽と登場する鎌倉権五郎景政は正に江戸の人々にとって、“冬至フェスタ”に登場するヒーローそのものだった、と女史は言います。

                  ☆ 

 昨日の海老蔵の『暫(しばらく)』についてはあるウェブ上の歌舞伎評で酷評されている一方、新聞の劇評では「荒ぶる神が舞台に降臨したよう」とあって、是非、この目で確かめたいと思い一人出掛けてきましたが、それで、私の感想はと言えば・・・・上のウェブ上での酷評も「荒ぶる神が・・・・」という表現もどちらも当たっていると思いました。

 つまり、芸としてはまだ成長すべき点があるものの「神」としての存在感は十分で、私は善良な人たちの首が切り落とされようとしたその時、花道の奥から「しーーーばーーあーらーーくーー。」と声が聞こえてきた時、体内で眠っていた「江戸部族」とも言うべきネイティブの血が、ザワザワと蠢くのを感じました。

 今日の鎌倉権五郎の登場時の花道でのセリフは口上のようでもありました。「スジを通すは親父譲り・・・・」のセリフのあと、海老蔵はこの歌舞伎座が来春でなくなること、そして、新しい歌舞伎座になっても歌舞伎は永遠である・・・・というようなことを高らかに宣言し、喝采を浴びていました。他の出演者たちも、彼を役名ではなく、「成田屋の海老サマ」と呼んだりして、それだけで彼の現在の歌舞伎界での立ち位置を思い知るようでもありました。

                 ☆  

 最近、私はまるで教会に通うのを楽しみしている日曜日のカトリックの信者のように足しげく歌舞伎座に通っていますが、今日の教会=歌舞伎座には確かに「神」がいました。神の名前は第十一代市川海老蔵。私たちはこの海老蔵が第十三代市川團十郎になるところがきっと見れる。私は世の女性たちが注ぐのとはまた違う視線で、彼をづっと見続けていこうと思いました。では最後に彼自身の言葉。

 (市川家の芸「荒事」の精神についてどう考えるかと問われて)

 直接的に言うと「神」なんです。初代團十郎から始って、それぞれの時代の中で神々しいまでの力を身につけた祖先たちがいる。そういう在り方を追求していきたいです。それが市川家のスピリッツだと思っています。

    「婦人公論」2008年3月22日号、篠山紀信との対談より 

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十度目の歌舞伎~恋湊博多諷(こいみなとはかたのひとふし)・毛剃(けぞり)

 これはとても面白い芝居でした。上方歌舞伎と江戸歌舞伎のコラボ。四代目坂田藤十郎×第十二代市川團十郎。それで私にとっては先月見た『廓文章~吉田屋』と『曽根崎心中』に続く3本目の近松モノでもあります。

 これも例によって江戸時代、実際に起きた事件を題材に近松門左衛門が書き上げた世話物の一つで、前2つが心理描写に重点を置いた演出の芝居だったのに対し、今回のこれはなかなかスケール感のある大きな芝居だと思いました。

 実際に起きた事件と言うのは享保三年(1713年)、九州博多沖で繰り広げられた密貿易(荷抜け)事件のこと。今回の演目はそれを取材して近松が書き上げた『博多小女郎波枕』という世話浄瑠璃が元になっております。

 お話の方は・・・・第一場、船上で何やら数人の男達が車座に座っておりますが、中でも親分の毛剃九衛門(團十郎)は今回の仕事の首尾が分かるまでは心配でおちおち寝ておれんとのこと。退屈しのぎに何か話でもしろい!ということになり、そう言や、船内に京都の奴が乗っていたな、とわざわざ船上まで連れ出します。連れ出されたのは商いの為、筑前を行き来しているという小松屋宗七(藤十郎)という人物。しばらくは皆と酒を酌み交わし良い雰囲気で話も弾みますが、宗七が博多柳町の傾城小女郎とののろけ話を始めると、九衛門は突如不機嫌になります。実は九衛門もこの小女郎に入れあげている客の一人なのでした。

 その後、宗七は彼らの密貿易の現場を見てしまい、九衛門以下に口封じにと海に投げ込まれてしまいます。そして、数日後、何とか生き延びた宗七は乞食同然の体で柳町の小女郎を訪ねて行きますが・・・・・・。

                 ☆ 

今回のこの舞台は上方歌舞伎と江戸歌舞伎の違いを知るには格好の演目だったんじゃないでしょうか。落とされた海から命からがら生き延びてボロボロで小女郎を訪ねる宗七は、紙衣で夕霧を訪ねる『吉田屋』の伊左衛門のようでもあり、濡れ衣を着せられて世間の目をはばかりながらお初をこっそり訪ねる『曽根崎心中』の徳兵衛のようでもあります。元々『廓文章~吉田屋』の伊左衛門は初代坂田藤十郎の当たり役だったとのことなので、この“やつし芸”は代々藤十郎の十八番(おはこ)と言って良いものなのでしょう。

 で、その“やつし”とは何か。美しく、豊かなものが落ちぶれる、そしてその様をこれまた“美しい”と感じる感性。その辺を表現する藤十郎の身のこなしの柔らかさと、しっとりとした小女郎(菊之助)とのやりとりなど、特に二幕目奥田屋、“髪梳きの場”にあるよう、私にとって上方歌舞伎とは、繊細な“叙情”そのもといったイメージです。

 一方、團十郎演じる毛剃九衛門は、現在、月曜日の夜、NHKでやっている『極付歌舞伎謎解(きわめつけかぶきのなぞとき)』の松井今朝子女史が言うところの“男伊達=任侠”の芝居です。

 女史曰く任侠とはつまり自分自身は損をするということらしく、侠客とは損をするのに自分の面子やプライドを守るため何かを押し通そうする男のこととか。この九衛門も良く見ると損だらけの男です。本当は惚れこんでいた小女郎を宗七のために諦めますし、その上二人のための身請けのための金ばかりか、他の子分たちのためにもそれぞれに遊女を身請けして、さらに大金を大盤振る舞いしてしまいます。そして、それをカラカラと爽快にやってのけてしまう豪快さを演じるのに当代團十郎のなんとはまり役なこと。

 実はこの『男伊達』の芝居の代表である『極付幡随長兵衛』を先日テレビで、この團十郎で見たばかりだったので、頭の中でこれと今日の芝居が重なりました。と言うか、博多特有の“ばってん言葉”以外、セリフの抑揚や言い回しはまんま同じ。この手の親分肌の男を演じる際はこういう口調でと、何か決まりごとでもあるかのようです。

 さて、そんなセリフ回しで格好良く決めていたのに人改めの役人が来ると聞いた途端、急にオロオロし出すところなど、なんとも愛嬌も感じられ、この毛剃という親分を團十郎は魅力たっぷりに演じていました。

                ☆ 

 濡れた叙情(上方歌舞伎)と豪快なきっぷの良さ(江戸歌舞伎)。その二つがくっきりコントラストになった良い芝居。考えてみればそれを坂田藤十郎と市川團十郎で見れるのだから贅沢と言えばこれほどの贅沢も無いでしょう。見終わって歌舞伎座を出た時は私自身、花道を去って出てきたような気分で、しばらくその気分は抜けませんでした。

 その後、単純な私は急に博多ラーメンが食べたくなって、新橋駅近くの博多天神まで歩いて行きました。それで替え玉を二玉。よって現在、気分と同様超満腹でございます。

 さて、明日はいよいよ海老蔵の『暫(しばらく)』。早く寝よっと。

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九度目の歌舞伎~曽根崎心中

Photo_2 借金を苦に一家無理心中・・・といういうのは今でもたまに聞きますが、許されぬ愛ゆえに男女が共に命を絶つなんてことは現代では皆無なんじゃないでしょうかね?あるのかな?調べた訳じゃないので良く分かりませんが。

 1703年、大阪曽根崎の森で実際に起きた天満屋お初と平野屋徳兵衛の心中事件は、近松門左衛門の手によってすぐに人形浄瑠璃として書き下ろされ、たちまち大評判となりました。その後はしばらく途絶えていましたが、近松生誕三百年の昭和28年、歌舞伎の演目として二世中村雁治郎の徳兵衛、坂田藤十郎のお初で復活上演されると、それは社会現象を巻き起こすほどだったと、解説にはあります。

 昭和28年と言うと、まだ“戦後”を引きづった感がたっぷりといった時期だったと思われますが、その5年前の昭和23年には作家太宰治と山崎富江の玉川上水で入水自殺があったことからも分かるように、この頃はまだ意外にこうした「情死」というのが多かったのかと想像されます。

 フロイトによると人間の中心には「生=エロス」への欲動と同時に「死=タナトス」への欲動というもがあるそうで、長年、死を美徳として教えられてきた国民は、戦後、その激変した価値観にかえって戸惑い、その時のこのタナトスの権化とも言える太宰の「情死」は、ある人々にとって反社会的でありながらとても聖なる行為に見えた、と何かで読んだことがあります。

 私はこの『曽根崎心中』を「エロス」が「タナトス」へ変転する物語として見ました。愛と死はコインの表裏として不可分で、悲劇であるのに最後に美しいと感じるのは、死が純粋に愛の成就でもあるからです。

 お初には人間国宝坂田藤十郎、徳兵衛に翫雀、油屋九平次に橋の助。特に藤十郎は今回の興行でお初上演千三百回を迎えます。

 

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 で、そのお初ですが、この女性に関しては昔、映画『曽根崎心中』で梶芽衣子が演じているのを見て以来、ずっと現代的な強い女、という印象がありました。目力があって今の柴崎コウ的な顔立ち。自らの“愛=死”は徳兵衛の身の潔白を証明するための武器のようでもあって、印象は鮮烈でした。

 昨夜の舞台、藤十郎のお初にも、映画ほどではないにしろそれを感じました。喜怒哀楽がくっきりしていて、初々しい中にも意志の強さが感じられます。同じ近松でも前回見た『吉田屋』の夕霧がじっと耐える、奥ゆかしい女性なら、お初は意思表示がハッキリとした行動する女性。特にヒール役の九平次が、徳兵衛が死んだら身請けしてやると言うやいなや、それをあざ笑い、徳兵衛が死んだら自分も死ぬと言い放つ北新地天満屋での例の場面では、大向こうと一緒に声を上げそうになりました。

 この『曽根崎心中』を見て、私は自分が何故、こんなに歌舞伎にハマッテいるのかが分かりました。それは私は歌舞伎座に言うなれば“情の濃さ”を見に来ているということ。歌舞伎の演目すべては日本人の情念を芸に昇華したものと言っても過言ではなく、そして、それは“濃ければ濃い”方が面白い。

 今まで見た『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』、『京鹿子娘道上寺』、『鷺娘』、『勧進帳』などなども、時には人倫さえ踏み越え、死をもろともせづ、愛や信念を通し、また激情に突っ走ってしまう人々のお話でした。

 そしてこのお初と徳兵衛はその最たるものです。見ていて可哀相と言うよりも、途中からはアナーキーな程の強ささえ感じらる程です。愛ゆえの心中など現代にはなかなかありえないこの芝居を皆が食い入るように見つめるのは今の私達にそのパワーに対する憧れがあるからで、それはそのまま巷からそれが消えつつある証拠でもあります。(・・・・とそんなことを書いていると、テレビで、最近歌手デヴューした山口百恵の息子のインタヴューをやっており、なんでも家でお母さんは“最近のJポップは分からない”と、言っているとのこと。なんか象徴的な話だな・・・。)

 『曽根崎心中』は文楽では勿論のこと、宇崎竜童&阿木耀子による『ロック~曽根崎心中』というのもあり、はたまたこれも両者による『フラメンコ 曽根崎心中』は本場スペインでも高い評価を受け、なんでも“日本の『ロミオとジュリエット』”と評されたとか。そうか、この江戸の“情念の濃さ”は世界基準ということか。

 また、昨日、初めて私は浄瑠璃と三味線を意識して見ました。特に天満屋の場。浄瑠璃 竹本谷太郎、 三味線 鶴澤泰治二郎。それで感じたのは文楽から来た芝居はやはり文楽でも見てみたいということです。

 こうした情感溢れる芝居を見ると、乾燥ワカメみたいになっていた自分の気持ちが、まるで水に戻されたように感じます。昨夜、歌舞伎座を出て新橋方面へ一人歩いていると、やはり『曽根崎心中』を見た帰りと思われる女性がパンフレットをしかと胸に抱え、上気した面持ちで空を仰ぎ歩いているのを見ました。分かるよ、その気持ち。

 悲劇を見た後だというのに、昨夜は普段殺伐と見える夜の銀座が何故かとても優しく見えました。街の灯かりが一つに繋がって見えた。で、我が脳内BGMは前回エントリーした宇崎竜童の『夜へ』。修羅、修羅、阿修羅、修羅、慕情、嫉妬、化身・・・・・・・・・・・。

 で、その後、私が何処に消えたのかは秘密・・・です。

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八度目の歌舞伎~廓文章(くるわぶんしょう)ー吉田屋

Photo_5 今のようなご時勢だと何かに“身をやつして”いる人というのはいっぱいいるんでしょうね。この四月大歌舞伎・夜の部2幕目『廓文章ー吉田屋』は歌舞伎で言う所の和事“やつし”芸の代表のようなお芝居です。

 高い身分の者が何かを理由に零落し、違う立場に身をやつす。お芝居は放蕩三昧の末、家を勘当され落ちぶれの身となった主人公の藤屋伊左衛門が、二世の約束をした遊女夕霧に一目逢いたいと、阿波の大尽が餅つきをして騒ぐ新町吉田屋にやって来る所から始まります。

 芝居は近松門左衛門の浄瑠璃『夕霧阿波鳴波(ゆうぎりあわのなると)』の上の巻を改作したもの。

 昨夜、伊左衛門に仁左衛門。夕霧には玉三郎。

 私は半月ほど前、ダンディで凄くかっこいい仁左衛門の大石内蔵助を見たばかりなので、この仁左衛門演じる蕩児伊左衛門のイカレポンチ振りの見事さには、ただただ目を丸くするばかりでした。

 なよなよ、ふにゃふにゃ、動きはもはや形というより踊りのようで、しかも笑いを誘いながらも段々と色っぽくさえ見えてきます。前回の役との落差もあって、仁左衛門の役者ぶりは私にはかなり強烈に映りました。

               ☆ 

 ところで、歌舞伎座に通うようになって約半年経ちますが、いつも思うことは平日は外人客が多いと言うことです。そして、気になるのは「どのくらい、分かってんのかなあ。。。。」と言うこと。

 歌舞伎座は多分、外国人観光客にとっては観光コースの一つに組み込まれていて、それで観劇している人が多いのだと思いますが、音声ガイダンスを借りているのならともかく、そうでない人は大概が意味不明な表情をしています。

 昨夜、私の左隣の席は外国の女性の方で、仁左衛門の蕩児振りにはただキョトンとするばかり。こういった遊び人の所作?立ち振る舞いというのはどうやら万国l共通ではないらしい。

 仁左衛門の演技は、例えばこの物語の設定が何も分からなくても、日本人なら誰でも遊蕩の挙句身を持ち崩した男であることが分かるほどのものです。そして、江戸時代からこのような男を表現するため、その立ち振る舞いの一挙一動を形として継承してきた日本人というのもやはり不思議な民族だと、私は妙なことに感心してしまいました。

 物語は夕霧恋しの伊左衛門と吉田屋の主人喜左衛門(我富)、そして、その女房おさき(秀太郎)とのやり取りに終始しますが、物語の中盤に、ついに夕霧が姿を現します。

 この時の玉三郎演じる夕霧の美しさはね、ちょっと言葉では言い表せません。それまでも緊張感溢れるいい芝居が続いていましたが、その瞬間は何かもっと別の次元に移行する時ような、その位のスペクタクルを感じました。そして、その時、お隣をふと見ると、なんと両手を頬にあて“ムンクの『叫び』”のよう!。つまり“持って行かれちまって”いました。さすがにここは万国共通です。

 このお芝居の中で、伊左衛門はずっと“紙衣(かみこ)”なる衣装を身に付けている設定で、それは江戸の頃、勘当された男が身につける慣わしの紙でできた着物なのだとか。歌舞伎の舞台では主に紫っぽい色調の地に、恋文の文句がほどこされたデザインで、一目で紙衣であると分かるようになっています。

 仁左衛門演じる伊左衛門が着るこの紙衣と、玉三郎演じる夕霧のど派手な着物(あんな絢爛な着物、歌舞伎の女形以外に、着て似合う“状況”ってあるのかね。)が、これまたピタリとマッチしてとても贅沢なものを見せられている気になりました。

 さて、伊左衛門と夕霧。伊左衛門はあんなに会いたがっていた夕霧なのに、他の客の座敷に出ていたところ見た途端に機嫌を損ね、いざ再会を果たしても冷たく当たってしまいます。そして、それに泣きながら耐える夕霧。可憐で、奥ゆかしくて、可愛い。しかし、太鼓持ちが現われてやがてそれも収まると、何の説明も無いままに、突然、勘当が許され、さらにまた身請けの金まで運ばれて来ます。かくして相思相愛の二人は結ばれて、絵に描いたようなハッピー・エンド。で、めでたしめでたし。

 これは昨今の不況の時代に巷に溢れた多くの“やつし者”に勇気?を与える一作と言っても良いんじゃないでしょうかネ(笑)。そう、その程度の不幸、笑い飛ばしてしまえってことで。古典の凄みを思い知ります。

                ☆ 

 毎度のこと、あわよくば今夜のうちに3幕目も・・・・と、ちょっと頭をかすめましたが、同じ近松でも、3幕目の『曽根崎心中』は悲劇なので、今日はこのハッピーエンドの気持ちのまま・・・・と、昨夜は退散と相成りました。

 実は今月、これを見る予定にはしていなかったのですが、勢いで来て良いものを見ました。これはとても楽しい芝居。昨夜はなんかとても得した気分でした。

 で、喜劇も好きだが悲劇も好きな私は、今月は、あとどうしても『曽根崎心中』を・・・・・・見たいんだな。

 いつ行こうかな。

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