吉見百穴と埼玉古墳群に行ってきた。

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 会社の研修旅行で埼玉県比企郡の吉見百穴と行田市の埼玉古墳群に行った。始終楽しい一時だったが、印象に残ったのは古墳ではなく、吉見百穴と第二次大戦中そこに掘られた軍需工場跡の方。吉見百穴は古墳時代後期(6~7C)の横穴墓群だが、その一部には大戦末期、旧日本軍が軍需工場を作ろうとして掘った巨大な坑道があった。同じ凝灰質砂岩に掘られた横穴にしても百穴とこの坑道ではベクトルがまるで違う。一方は送葬と祈りのための穴、一方は戦争へとひた走るための穴だ。

 今日は夏のような陽射しで暑かったが、坑道の中は涼しいを通り越して寒かった。良く見ると息が白かった。指定された見学コースを一通り見てそれだけで圧倒されたが、展示されている掲示を見るとなんとコースはほんの一部で、立ち入り禁止の向こうにはその何倍もの坑道が掘りめぐらされているのをだった。驚いた。もしかしたらこの坑道はあれから、そして今もずっと掘られ続けているのではないかと妄想した。

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カササギの歌

Photo  旅先で聞いた歌でその旅の思い出に耽るというのは良くあることかもしれないが、中国で特に音楽を聞かなかった僕等には、先日ここに貼り付けたシロガシラの鳴き声がその代りになっている。聞くたびに夫婦で「楽しかったねー。」と言い合っている。

 去年の今頃、自分の会社の別の現場で休憩時間に野鳥を見ることが一部の人に流行ったらしい。ちょうど自分の現場に鳥に凄く詳しい人がいて、皆、スマホで撮った写真を図鑑で調べ、分からないと彼に写メして聞いてた。その度その彼はちゃんと説明を返していて見事だと思った。

 古今東西、鳥を題材にした詩や歌謡というのはいっぱいあるが、僕が好きなのは「カササギの歌」。アメリカの詩人ゲイリー・スナイダーの詩(ナナオ・サカキ訳)に、飯能のグレイトフルデッド(と、ぼくが勝手に言っている)ひのこバンドのマスターが曲をつけたもの。僕が何度も聞いたのは下村さん&吉田ケンゴさんのバージョンだが、これはヒットソングになど決してならなくとも、色んなイヴェントや祭りでカヴァーされることがままあって、きっと自分の「心のヒットソング」にしている人は多い筈。この詩を昔、武蔵小金井でゲーリー自身の朗読で聞いたことがあるが、歌とは全く違う印象だった。逆にこれをこうした歌にした作曲者は凄いと思った。

 上述のシロガシラからの連想で思い立ち、さっきYouTubeで初めて!カササギの鳴き声を聞いた。この鳴き声が、最後のオリジナル・ビート二クス、ゲイリー・スナイダーにはこう聞こえるらしい。

 兄弟、心の色は 
 ほら 空の青 トルコ石ブルー

 ひのこバンドの「カササギの歌」はYouTubeにいくつかアップされているので聞いてみて下さい。誰かカヴァーしてCD化してくれないものか。

 

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めし

 連休明けから始まった新しい現場は京王線の多磨霊園駅至近。お昼を何処で食べようかと思案していると、作業員のUさんが良いところがあると言うのでついて行くことに。そして店を見た時、体に電気が走ったようになった。

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 ここは5年前に癌で他界した友人がその闘病中に、近くで仕事するような時があったら行け、と教えてくれた店。その時、わざわざ一度来て、この暖簾の写真をフェイスブックにアップして、元気になったら一緒に行こう、とやり取りしたのだった。すっかり忘れていた。

 メニューは日替わりランチがあるものの、種類豊富なおかずとご飯の組み合わせもOKで、それには味噌汁と冷ややっこが付く。ご飯は大=250円、中=200円、小=170円。ただし「中」と言ってもそれは普通の店の大盛りで、小で十分。今日、自分はサンマの開き(300円)と小ご飯で占めて470円の昼食だった。満足。自分も含めた汚れた格好の作業員数人と来たが、こういう事をしたがっていたな、晩年の彼は。今はもう腹が減らない事になってほくそ笑んでいるかもしれないが、生きてるこっちは三度三度めしを喰わなきゃならない。この現場は約2週間。いる間、通うことになりそう。

でも、やはり一度一緒に来たかった。

 ↓はこのお店の食べログの記事。

 https://tabelog.com/tokyo/A1326/A132602/13083123/dtlrvwlst/B194031746/?lid=unpickup_review

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シロガシラとクロウタドリ

 

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 先月行った重慶のホテルでは毎朝、鳥の鳴き声で目が覚めた。2階の部屋にいて窓の外には池と木があったのだが、そこに毎朝、羽根に黄色い筋の入った鳥が来て綺麗な声で鳴く。他にはまん丸の眼で愛嬌のある黒い鳥。

 何とか写真に撮って日本に帰ってから職場の鳥に詳しい人に見て貰うと、初めのはシロガシラというヒヨドリの仲間で、日本では主に沖縄とか南西諸島の方にしかいない鳥、後のはクロウタドリという、これも日本では旅鳥に属する中々珍しい鳥だとのこと。

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スズメみたいに普通にいたので気にしなかったが大きな移動をするとこいうことがあるのかと、そんな当たり前のことに驚いている。今朝も鳥の声で目が覚めたがこちらはいつものメンバー。だが気持ちがいい。でも間違ってシロガシラが来ないものかと毎朝外を確かめてしまう。

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1983年8月3日、夏休みだった。

 

 先日、「アジアの片隅で」についての小文を書いてから色々見ていたら、1981年8月3日の吉田拓郎の宮城スポーツセンターでのコンサートのセットリストを見つけて懐かしかった。

 高校生になったばかりのある日、拓郎のラジオを聞いていたら、「チケットを買ったが、行けなくなったので抽選で当たった人にあげる」という視聴者からのハガキを拓郎が読み上げた。それでダメ元で番組にハガキを送ると忘れた頃にチケットが届いたのだった。あの頃はまだガキでいわきから仙台までも一人で行くのは冒険だったっけ。拓郎は「アジア~」という硬派な傑作アルバムの後、その反動のように「無人島で」というポップな(C調な?)作品を発表して時期は丁度その頃。桑田と長淵の確執のようなことを良く聞くが、その二人のどちらにも影響を与えた人だけに、今セットリストを見ると確かに硬軟取り混ぜてある。それが拓郎の魅力だった。

 http://www.livefans.jp/events/258781

 動画はまさにその頃のラジオから。「サマータイムブルースが聞こえる」と「Y」。「サマータイム~」は正式に発表されたものと違うが自分はこっちの方が好きだった。ずっと昔のことですっかり忘れてしまい、学校さぼったのだったっけ??とずっと思っていたが、夏休みだったのだ。15才。オープニングも『夏休み』だった。

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東郷寺に行ってきた。

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 府中の東郷寺に行ってきた。ここの山門は黒澤明の映画『羅生門』のあのセットのモデルとなった事で有名。地元では桜の名所として知られる。あいにくの小雨交じりだったが春から新入学を控えた子供を連れ、若い母親たちが桜をバックにせっせと写真を撮っていてなかなか賑やかだった。

 映画は、平安時代、一人の男の遺体が見つかり、その真相を突き止めようとするうちに全く違う証言が三つ出揃い、第一発見者兼裁きの傍聴者だった杣売りと旅の法師が、人間の業の深さに恐れ慄くというは話。誰が何を隠し、誰が嘘をついているのか?

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原作は芥川龍之介の『藪の中』。真相が分からない時に"藪の中"という言い方はこの小説の題名から来ている。映画のラストは地獄からの抜け道として黒沢が用意した人間賛歌のようでもあるが、あの杣売り(志村喬)が本当にその後、言ったように生きるのか?と疑念の眼を向けるとまた世界はいきなり曠野と化す。フェイク・ニュースとオルタナティブ・ファクトの今見られるべき映画だと思う。

 東郷寺は日蓮宗の寺。例によって帰りに御朱印を貰った。天気が良い日にもう一度来たいと思った。

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城巡り。鉢形城・川越城に行ってきた。

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 城巡りが好きになった。そこにはそれを目的としなければ決して降り立つことはなかったであろう駅や町を見ることも含まれる。城がどのような地の利を生かして作られたのかなどを見て、勝手に“うん、ここなら大丈夫だ・・・”などと思ったりする。

 少し前のことになるが3月末の連休中、埼玉県大里郡寄居町の鉢形城と川越市の川越城に行った。どちらも日本百名城の一つ。鉢形城がある寄居はつげ義春の漫画にでも出てきそうな辺鄙な(失礼、長閑な)ところで、城までの道すがら地元のお店は皆閉まっていた。休業日なのか、それとももうやっていないのか。そうした路地を太目の猫がのったり歩いていたりして、住む人の佳さを思わせた。城は深沢川と荒川の合流地点の断崖にあって堀や土塁がしっかり残っていて良かった。城跡から川を眺め、しばし陶然となる。

 その後、電車で移動して川越城へ。こちらはうって変わって観光地特有の賑わい。現存天守の城で江戸の頃を良く伝える。中に熊の黒毛を使って飾られた槍鞘があったが、不思議な形だと思った。

 写真は川越の蔵造りの街並にある「時の鐘」。作られたのは400年前だが度重なる火災で消失し現在は4代目とか。午前6時・正午・午後3時・午後6時の1日4回鳴るということ。教会の鐘で時を知らされるヨーロッパの街の暮らしに憧れるがこれもいい。ただ残念なことに時間が合わず鐘の音を聞けなかった。

 自分は年度末の慌ただしさから昨日ようやく解放されてほっと一息ついたところ。それでも日に四回の鐘だけの長閑さには程遠いが。この鐘の音を聞くためにもう一度出かけてもいいなどと思う。駅前でキノコ汁のうどんで酒を飲んだ。酒の銘柄は聞かなかったが美味かった。

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2017年 あけましておめでとうございます。

 あけましておめでとうございます。年末に断食して、その明けに食べた食パンとホットミルクが物凄く美味かった。その後は徐々に戻し、大晦日・年明けの馳走、おせち、と相成ったが、胃が小さくなり吸収が良くなったのか少しで満腹。また意識して方々出掛けるようにもしていたので良く歩いて体重が減った。正月にこんなことは初めて。

 写真は初日の出。初富士を撮ろうと元旦の朝、平山橋の上に行ったら丁度日の出の時間で、拝もうと子供たちが集まっていた。それでパチリ。

 初夢は何か見たのかだけ分かっていて覚えていないのは例年通り。去年は緊急でIMRを受けたりしていたが、今年は体調も良く、おまけに暖かくて良い正月。さて、今日は何処に出掛けようか。

 皆さん、今年も宜しくお願いします。

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ブログ10年目。

 このブログを始めて先日28日で10年立ちました。これからも宜しくお願いします。写真は先日行った八王子・滝山城址にて。城めぐり企画中です。

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新六角堂のガラス

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 先週末、仙台ーいわき間の小旅行の帰路、北茨城・五浦の六角堂へ行った。何度も出かけている場所だが、2001年3月11日に津波で消失した後に復興された「新六角堂」を近くで見るのは初めてだった。新しい六角堂は復興時の調査で明らかになったことが盛り込まれていて良かった。遺跡の発掘現場では場合により「壊さなければ分からないよ。。」という言い方をする事があるが、文化財が被災した際、平時だったら決して知り得ないことが分かることがある。熊本城の石垣しかり、この六角堂しかり。新生六角堂は被災の記憶も含めた新たな遺産となっていた。

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 天心自筆の棟札には「六角堂観瀾亭」と明記されており、「瀾」とは「波」で、それは「波を見るあずまや」との意味だとか。“天心は波に永遠性と絶え間ない変化を同時に認め、宇宙の本質と考えていた”と、現地の案内板にあった。建設時の「円筒法」でつくられたガラスは屈折が生じ、ガラス越しの景色が曲がって見えるのだが、新六角堂にもそれが使われていて凪いだ海でも波が生じているような効果が楽しめる。写真で分かるだろうか。

 周辺は震災前よりも様々に整備されていて他にも見どころはたくさんあるようだったが、時間が無くて見れなかった。今までも何度も来た場所だが、これからも何度も来ようと思った。

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  http://rokkakudo.izura.ibaraki.ac.jp/attraction

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