八月の菓子

 
 誰も食べたことのない菓子の味を知るためには
 食べたことのある人から聞くしかなくて
 でも近ごろでは食べたことのある人は段々に減って
 その味がどんなものであるかはようとして知れない
 
 思えば自分が子どもの頃は
 食べたことのある大人が周りに沢山いて
 麦酒<ビール>なんぞを飲んだ折りなど
 こちらから聞かずとも語ってくれたもの
 
 ある叔父は口をすぼめて目を固く閉じ
 あれはすっぱいものだと言い 
 ある叔父は顔を真っ赤にして
 あれは辛かったと涙目に語った
 何故だが中には鼻息荒く
 何をそんなに誇るところがあるのか
 その頬をとろかすような甘さでも思い出すのか
 いじきたなそうにニヤニヤする人もいた
 
 無表情で黙っている人もいた

 誰も食べたことのない菓子の味を伝えるために
 また聞きのことばを誰もが喋る
  また聞き
 孫引き
 ひ孫引き 
 デマ
 あれは酸っぱい らしい
 いやあれは辛い らしい
 いやいやあれは甘い らしい そして
 ほんとうはすごく美味しい らしい と 
 
 目を固く閉じたりせず
 涙目にもならず
 いじきたなそうなニヤニヤ笑いもなく

 誰も食べたことのないその菓子はどの家にもあって
 もう何年も戸棚の奥にしまわれている
 誰も食べたことのない菓子の味を知りたければ
 食べてみればいいじゃないかと
 声高に言う人が近頃じゃ段々に増えて
 腹ペコの子供が夕暮れ 皿に手を伸ばす
 

 誰も食べたことのない菓子の味を知るためには
 食べたことのある人から聞くしかなくて
 でも近ごろでは食べたことのある人は段々に減って
 その味がどんなものであるかはようとして知れない
 
 誰も食べたことがない菓子の味を
 これから どうして伝えよう
 いつもは戸棚の奥の暗がりにしまわれていて
 毎年八月にだけ取り出してきては皆で眺めている

 あの菓子の味を
 

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南極の氷

海洋探査から帰って来た友からのみやげだと
息子が南極の氷を貰って来た
南極の氷と冷蔵庫の氷の、何処が違うのか?と聞くと
何でも三千万年前の空気が
入っているのだと言う。

見ると確かに細かな気泡が
つぶつぶつぶつぶ一杯あって 
水につけるとじゅわーと音がし泡が 昇ってきては 
その三千万年前がはじけて鼻孔をくすぐる筈だと宣(のたま)う。

さてどうして使ったものかと妻に問えば
コーラに入れようと言うのだが
それでは三千万年前のじゅわーと
コラーのじゅわーが混ざってしまって何だかとてもおもしろくない。

やはりウィスキーのロックだと
グラスを出して
ハタと思うに
マンモスの毛やペンギンの糞
タロとジロの涎やらが入っていないだろうか?
〈シロクマの目ヤ二とか〉

我が酒神、大いに尻ごみて
髭のボトルを棚に戻すと
風呂が熱すぎた時にでも入れればいいと考えたが
南極の氷が溶けると海面が上昇し
やがて大陸が沈むのだとの、いつかのラヂオを思い出す。

やはりウイスキーのロックだ、と気を取り直し
氷ぶち込みトクトク注ぎ 
黄金(こがね)のグラスに耳を当てれば
氷の中の三千万年はじゅわーではなくピキピキピキピキ。

それはまるで大きな伽藍が倒壊する時の
小さなひびが徐々に徐々に広がる音。

聞くほどにドキドキしてきて
グラスのウイスキーをがぶりと飲めば
妄想のオーロラが脳内に現れかけたその矢先
点けっぱなしのテレビの天気予報から
明日は季節外れの春の陽気と、アナウンス。

すわ、温暖化、と、やにはグラスに指突っ込み
急いで氷を救出すると、
また冷凍室に戻してバタンと戸を閉めたのだった。

以来、
夜毎、気が付くと
エコロジストの顔つきで
冷蔵庫を開けては確かめている
南極の氷。

ピキピキピキピキピキピキピキピキ
ピキピキピキピキピキピキピキピキ。

                               2018 3.4

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豆花(ドウファ) 


初めてなのに
見覚えのある空が広がっていた
見覚えのある笑顔 
花 ざわめき

〈空に吸われし 
天燈の群れ 〉
 
ことばを知らないから
幼児に戻り
故に
 目もまた
幼児の目になる

市場の
色が
味が
匂いが
音が
一斉に語りかけてくる 君は誰だ?

階段で
居眠りする犬
水彩の
水色の海が見える旅の茶屋で
口中に
甘い原色の花が咲く

懐かしいのに
見知らぬ空が広がっていた
その暮れ色と
煙の匂い


口中に咲く
甘い甘い豆花(ドウファ)
 


    2018. 1.3 台湾 九份にて。

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道を歩いて来たつもりはない
ただ歩いている足元をいつも見つめていただけ
いつも見る足跡は今付けたただ一つ
道なき道を行ったとか
その足跡が道になったとか
そんなカッコイイ話じゃない
現に振り返れば初めの一歩は風雨に晒され
今は消えていて
微かに昨日くらいからの足跡が
消えそうに残っているだけ

道を歩いて来たつもりはない
ただ歩いている足元をいつも見つめていただけ
この一歩の次はどちらへ
いつも迷っているのは次の一歩
ただ誰かが敷いた道を行くにせよ
歩くのは自分自身 この足 この足元の
線になることを拒否した一つの点 
だが その点が
いつしか地面から剥がれて
蝶のようにフワフワと舞い始めた

道を歩いて来たつもりはない
ただ歩いている足元をいつも見つめていただけ
いつしか足は動いているのに
地上にもう足跡は残らない
自転車のペダルを漕ぐ感覚で
一足ごとにぐんぐん空に登っていく
生まれた町の 国の 星の
その表面にある 文明のひびのような
色々な道が
眼下に見えているだけ

川沿いの道 車が渋滞する道 
砂漠を貫く道 けものみち
掌に刻まれた
生命線

道を歩いて来たつもりはない
ただドスンと生まれ落ちたベッドの上から
いつか来た空への道を
いつも眩しく見上げているだけ

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その夜 ラ・カーニャで  2017.10.08

  NAKED FOLK SINGERS-ギターをとって弦を張れ!-を見て
               中川五郎さん 三浦久さん 若松政美さんへ

その夜のラ・カーニャは
沸騰する水を見るよう
子供の頃 キャンプファイヤーで
歌ってくれたお兄さんが
突如 現れ
あの頃の続きを今また歌い始めてくれたよう
お兄さんは年を取ったが 
ああ でも今は あの時より若い(1)

 水は
  西の広場の井戸から沸いた
 ギターの音とことば
 薬缶から"ピーっ!"と音がして
 ことばから噴きあがるその水蒸気の斧が
 神社の椎の木を
 なぎ倒す幻をぼくは見た(2)

その夜のラ・カーニャは
水槽に水が溜まるのに見惚れるよう
細流はみるみる物語(バラッド)になって
ゆっくりと
人のたましいを満たす
年老いた旅の禅僧に
どこまでもついていく月  
ああ でも今は あの時より若い

 水は
  カリフォルニアの井戸から沸いた
 ギターの音とことば
 水槽に水があふれても
 それを止めに走るひとは誰もいない
 暗がりに立つ
 美しい女の目から
 涙がこぼれ落ちるのをぼくは見た(3)

その夜のラ・カーニャは
一杯の柄杓の水
夜勤明けのきみが 砂にまいた
柄杓の水
だがこの水は
ギターの音でもことばでもなくただの水
だが潤された砂は元の砂にあらず
砂に咲く花が
開くときの音をぼくは聞いた

その夜 ラ・カーニャで
その夜 ラ・カーニャで

(1) ボブ・ディラン 「My Back Pages」より。
(2) 中川五郎さんの「トーキング烏山神社の椎の木ブルース」に歌われる朝鮮人虐殺の加害者を労うために立てられたという椎の木のこと。

(3)レナード・コーエン 「Bird on the wire」の歌詞からのイメージ

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登洪崖洞

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 中国は重慶に行っていた。9か月振りに娘と再会、またスカイプ越しに言葉を交わしていた彼女の友人達に直接会えて楽しい時を過ごした。いい旅だった。中国、また行きたい。


 雨の重慶( Chóngqìng)
 その雨後の筍は
 七十年の歳月を経て
 銀色のビルの竹林となった

 夕暮れに
 嘉凌江と長江のほとりに出た僕らは
 輝く船を見つめ
 出逢いと再会を喜んだ
 赤子のようにたどたどしく
 互いのことばを
 教え合いながらー

 朽ちた寺院の屋根
 地下鉄6号線
 力夫(クーリー)
  火鍋
 パイナップル売り

  「雨」からの解放を
  記念した
 碑(いしぶみ)の前の賑わい ※1 

 你是中国人吗?
 我是日本人。

 「雨」の国の人よ
  あなたは慈雨であれ
 その一滴も
 いつか大河になればこそ。

 白日依云  黄河入海流
 欲穷千里目 更上一层楼 ※2

 洪崖洞(ホンヤードン⦆の壁に   
 イービノサウルスの幻 ※3
 その階段を
 新しい人たちが上っていく
 それは
 千里を見はるかすためでなく
 只、足元の今を生きるため

 軽やかな足取りで
 一段一段

 確かな足取りで
 一段一段

 加油!加油!加油! ※4

            
                          2017.4.17
.

※1  日中戦争中の1938年2月18日から1943年8月23日にかけて、日本軍は重慶に対し断続的に計218回におよぶ戦略爆撃を行った。解放碑(jiě fàng bēi)は1945年、抗日戦争に勝利したことを記念するため建てられたものである。

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※2 『唐詩選』 巻六 「登鸛鵲楼(かんじゃくろうにのぼる) 」 王 之渙

白日山に依りて尽き 黄河海に入りて流る
千里の目を窮(きわ)めんと欲し 更に上る一層の楼

【輝く夕日は】山の稜線にもたれかかるようにして沈み、黄河は【海に入ってもさらに流れる】。【千里の眺望を】見はるかしたいと思い、さらに【一階上の楼】へと上っていく。

※3 この地域はジュラ紀の地層が露出する世界でも屈指の恐竜化石の宝庫。イービノサウルスは四川で発見された新種恐竜で化石は重慶自然科学博物館所蔵。 写真はその博物館にて。

 

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※4 加油(jiā yóu)  油を加える、でがんばれの意。中国語、面白い。

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枯葉とウィスキー ニッカ・宮城峡蒸留所にて

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       ウィスキー色の枯葉と
             
 枯葉色のウィスキー
             
 その琥珀の光は
               
命を謳歌したことの
             
 証に思え
             
 秋の夕日に
             
 どちらともなく
             
 かざしてみる
.
             
 おいしい水割りの作り方は
             
 ウィスキー1に水が2
             
 それに氷を3個だと
             
 美女が教えてくれたが
             
 でもこれは
               
先人たちの夢
             
 夢を水で
             
 割るわけにはいかない
.
             
 枯葉のように
             
 夕日が落ちる
             
 ウィスキーが落下する
             
 喉から胃へ
             
 胃から血液へ
             
 血液は脳へと巡り やがて
               
Premiumな夢を
             
 旅人にもたらす
.
             
 そして またしても
             
 枯葉色のウィスキー
             
 そういえば
             
 水がきれいな土地では
             
 太陽も
             
 ウィスキーの色をしているな

                     2016.11.5


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Skypeを待つあいだ

 

          Skypeを待つあいだ
          火山が噴火した
          遠い国にいる君も
          この国にいる僕も
          その音を聞かなかった

          Skypeを待つあいだ
          ウィリアム・ブレイクを読んだ
          正確には
          ブレイクについて書かれた
          本を読んだ
          「想像は吾が世界である」と
          神秘的な詩人は言った

          Skypeを待つあいだ
          時差について考えた
          ディスプレイに映った君は
          ほんとうに君だろうか?
          あの光を放つ星さえ
          遥か昔に
          消滅している
                かもしれないのに

          Skypeを待つあいだ
          「イマジン」を聞いた
          通信技術の進歩で
          世界が小さくなり
          陸から溢れた人たちが
          ボートを漕いで
        海を渡り始めた
      
                Skypeを待つあいだ
                深呼吸し コーヒーを飲んだ
          ヨガのテキストを見て瞑想した
          世界は
          僕の想像ではなかった

          Skypeを待つあいだ
          テレビの中で
          少女が雨に打たれていた
          爆弾が爆発し
          兵士が銃をかまえていた

          Skypeを待つあいだ
          棺が運ばれ
          何処かでまた子供が生まれた

          Skypeを待つあいだ
          何語で語り掛けるべきか
       言葉を探していた    

          Skypeを待つあいだ
          君が恋をした

          Skypeを待つあいだ
          世界は
          Skypeを待つあいだ、だった

        Answer.

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I saw the Light

         

     眩しさから
     目を逸らすことがことができない
     胸の高鳴りを
     抑えようとして苦しい
          
     その時 レゴは瞬時に組みあがる
           その時 風景は初めて色を得る

     まるで 
     音楽が奏でられる前の静寂
     まるで
     弦を調律する微かな響き
     
     あの人の
     たわいのない仕草の一つ一つが
     何かの合図のように
     乱反射して
     見えるのは 何故

     眩しさから
     目を逸らすことがことができない
     禁じられても
     太陽を凝視する
     子供のように

     未来から呼ぶ声がする
     
     偶然を
     運命に変えようとして
     今 広場の彫刻が
     眩しさに向かって歩き始める

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The letter

 

 昨日、懐かしい人に電話した。懐かしい声が耳元に広がって、声が少し震えていた。それを聞いてぼくの声も少し震えてしまった。

「何度か手紙を書いたけど、いつも戻ってきてしまったの。」と、代わった妻にその人は言ったという。知らなかった。自分たちが、昔あんなに世話になったその人に、そんな存在になってしまっていたなんて。

 仕事はどう?
 子供は大きくなった?
 普通が一番よ。

 私、パソコンはやらないから、と前に会った時に言っていたっけ。「スマホ」どころじゃなくて「パソコン」。ぼくらに書いて戻ってきたという手紙には何が書いてあったのだろう?そしてその手紙を前にしてその人がどんな思いでいたのか。

「今年は今の住所をちゃんと書いて年賀状を送るね。」と妻が言った後、少し会話して受話器を置いた。会わ(え)なかった時間の全部が、ありきたりな言葉と声に含まれていた。

 今日は空も鳥も木の葉も公園のベンチも、みんなその届かなかった手紙の中の言葉に見えた。思えた。そんなに遠くない昔、世界はそんな言葉で出来ていたのだ。

 昨日、その声は
  ぼくにその事を教えてくれた。

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